「身近な支え」をパワーの源に 厚労次官、村木厚子さん
Wの未来
――なぜ企業ではなく「官僚」という職業を選んだのですか。
「私が大学を出たのは民間企業が4年制大学卒の女性を全くとらない時代でした。それでも『ずっと働きたい』と思っていたので結婚や出産でやめさせられないところを探しました。誰かのためになる公の仕事もいいなと思っていました」
――実際に働き始めて、まず何を感じましたか。
「私が配属される前日に、配属先の課は私にお茶くみをさせるかどうかで真っ二つに分かれたそうです。結局、私はお茶くみをすることになったのですが、直属の上司となる係長は反対したそうで、本来の仕事もちゃんとさせてくれました。私からも仕事では甘やかさないでくださいとお願いしました」
「その後もう一度、係長の時に女性にお茶くみをさせたがる上司に出会いました。その時は係長だからやりませんと、線を引きました。少しずつ男女ではなく役職で分けてもらえるようにしました。ある日、ほかに誰も女性がいない時に来客があって、私がお茶を出したことがあったんです。その翌日、考えられないような大雪が東京に降りました。それから二度と頼まれることはなくなりました」
――昇進の目標はありましたか。
「入省当時は田舎から出てきたばかりで右も左もわかりません。与えられた仕事をできるようになりたいとは思っていたけれど、ポジションへのこだわりはありませんでした。ただ、係長になった時に『私は出来の悪い係員だったけれど、今だったらいい係員になれるのに』と思ったんです。係長になり、補佐になり、仕事を通じて自分が成長できることがわかり、自信を持てるようになりました」
――2人の子供の育児と仕事の両立をどう乗り越えましたか。
「とにかく時間が足りなかった。できるだけ家事は機械にやってもらおうと、我が家では乾燥機や自動食洗機をかなり早い時期に買いました。保育やタクシー代などで一番多い年は300万円ぐらいかかりましたけれど、子育ては一時のこと。お金で時間を買っても、仕事を頑張って続ければ回収できます」
――支えとなったのは何ですか。
「職場の先輩の女性たちです。ベビーシッターの探し方など、様々なノウハウを伝授してくれました。その時にアンケートをとり、後輩と冊子にまとめました。夫の協力を得る方法などを赤裸々に書いてもらい、省内で誰かが結婚したり、赤ちゃんが生まれたりした時にプレゼントしました。民間企業の方も加わって、このアンケートは今でも続いているんですよ」
――官僚組織では男性のネットワークや学閥が強いイメージがあります。
「官僚になる人が多い学校の出身だとネットワークがあります。でも、逆に女性は少数派で不利だとわかっているので、先輩たちが自分の人脈を全部後輩につなげてくれました。女性官僚が少数派で苦労していると聞いて、勉強会を開いてくださる財界人もいました。本当に実力のある男性は、頑張る女性を応援してくれます。実力の差がないとライバル関係になるけれど、実力のある人ほどおおらかに色々なネットワークやノウハウを提供してくれました」
――男女雇用機会均等法の施行にも携わりました。
「均等法の施行にあたり、企業で女性の人事担当が一気に増えました。女性の活用方法がわからないから、とりあえず女性を課長にして人事をやらせてみようという流れです。その人たちが助け合うため作った勉強会に私も参加させてもらいました。日本IBMの西嶋美那子さんを中心に、NTT、日本航空、横河電機、伊勢丹(現・三越伊勢丹ホールディングス)など10数社の人事担当の女性が参加しました。その場で企業の雇用管理の実態を知ったのは政策立案の面で大きかった。役所の『ヒアリング』ではなかなか本音を聞けないですから」
――村木さんは勾留された経験をお持ちです。仕事につながっている点はありますか。
「直接的にはありません。ただ、ずっと仕事をしていると、自分は自立をしていると思いがちです。だけど、ある日突然そうでない状況に置かれることがあると知りました。困った時の助け合いや支え合いを、それまで本当に実感したことはなかった。なんの得にもならない状況で優しくしてくれる人がいると知ったことは大きな経験になりましたし、幸せなことでした」
――厚労官僚として社会の制度や基盤を作る中で必要な「支え」をどう考えていますか。
「共に支え合う『共生社会』を作る上で、支えは2つ必要です。1つはプロが作る制度、フォーマルな支え。もうひとつは友達、家族、近所などのインフォーマルな支えです。日本はそこが弱くなっていると言われます。フォーマルな支えだけでは人は本当に頑張ろうとは思えない。誰か本当に心配してくれる人や寄り添う人がいると、頑張ることができるのです」
――次官として成し遂げたいことを教えてください。
「まず縦割りにならないように風通しをよくすることです。福祉も医療も雇用も、地域によって実情がまるで違います。地域に合ったやり方で、地域の資源を生かしてやっていけるように、国として大きな枠組みを作っていきたいですね。社会保障は国民一人一人に関わりがあるので、現状や様々な選択肢を国民に伝えられるよう努力したいと思います」
(聞き手は平野麻理子)
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