WOMAN SMART

キャリア

「身近な支え」をパワーの源に 厚労次官、村木厚子さん Wの未来

2013/10/8

 今年7月、16年ぶりの女性事務次官となった厚生労働省の村木厚子さん。男性社会の霞が関で育児と両立しながら歩んだこれまでのキャリアを振り返り、女性が働く上での心構えやネットワークづくりの工夫を語ってもらった。

 ――なぜ企業ではなく「官僚」という職業を選んだのですか。

厚生労働事務次官、村木厚子さん

 「私が大学を出たのは民間企業が4年制大学卒の女性を全くとらない時代でした。それでも『ずっと働きたい』と思っていたので結婚や出産でやめさせられないところを探しました。誰かのためになる公の仕事もいいなと思っていました」

 ――実際に働き始めて、まず何を感じましたか。

 「私が配属される前日に、配属先の課は私にお茶くみをさせるかどうかで真っ二つに分かれたそうです。結局、私はお茶くみをすることになったのですが、直属の上司となる係長は反対したそうで、本来の仕事もちゃんとさせてくれました。私からも仕事では甘やかさないでくださいとお願いしました」

 「その後もう一度、係長の時に女性にお茶くみをさせたがる上司に出会いました。その時は係長だからやりませんと、線を引きました。少しずつ男女ではなく役職で分けてもらえるようにしました。ある日、ほかに誰も女性がいない時に来客があって、私がお茶を出したことがあったんです。その翌日、考えられないような大雪が東京に降りました。それから二度と頼まれることはなくなりました」

 ――昇進の目標はありましたか。

 「入省当時は田舎から出てきたばかりで右も左もわかりません。与えられた仕事をできるようになりたいとは思っていたけれど、ポジションへのこだわりはありませんでした。ただ、係長になった時に『私は出来の悪い係員だったけれど、今だったらいい係員になれるのに』と思ったんです。係長になり、補佐になり、仕事を通じて自分が成長できることがわかり、自信を持てるようになりました」

 ――2人の子供の育児と仕事の両立をどう乗り越えましたか。

育児と仕事の両立のために「職場の先輩女性たちが支えになってくれた」と語る村木さん

 「とにかく時間が足りなかった。できるだけ家事は機械にやってもらおうと、我が家では乾燥機や自動食洗機をかなり早い時期に買いました。保育やタクシー代などで一番多い年は300万円ぐらいかかりましたけれど、子育ては一時のこと。お金で時間を買っても、仕事を頑張って続ければ回収できます」

 ――支えとなったのは何ですか。

 「職場の先輩の女性たちです。ベビーシッターの探し方など、様々なノウハウを伝授してくれました。その時にアンケートをとり、後輩と冊子にまとめました。夫の協力を得る方法などを赤裸々に書いてもらい、省内で誰かが結婚したり、赤ちゃんが生まれたりした時にプレゼントしました。民間企業の方も加わって、このアンケートは今でも続いているんですよ」

WOMAN SMART新着記事

ALL CHANNEL