患者からのデートの誘いはOK? 医師の恋愛ルール
米国NPの診察日記 緒方さやか
国境なき医師団を経験した医師が、NYで悩んでいること
昔一緒に働いていた医師がアフリカから帰国したというので、久しぶりに会った。まだ30代後半だが、幼児からお年寄りまで、さらには妊婦も診る優秀な家庭医である。一緒に働いていた時は本当にいろいろ教わったものだ。ナースプラクティショナー(NP)の大学院では学ばなかった切開排膿ができるようになったのも彼のおかげだ。「一回見て、一回やってみて、一回誰かに教えればできるようになる」という豪快なコンセプトの下、教えてもらった。
国境なき医師団を通じてタンザニアと南スーダンで働いていた彼は、数カ月前にマンハッタンに戻ってきた。お洒落なイーストビレッジの友人のクリニックを、使用していない早朝と夜の数時間だけ借り、忙しく働く若いニューヨーカー向けに一人きりで開業しているという。予約はすべてオンライン。誰も雇わず、バイタルサイン(血圧、脈拍など生命の状態を判断する情報)を取るところから健康保険会社との交渉まで、一人でやっている。一時期、流行する兆しを見せた「マイクロクリニック」という形態だという。勤め先を探さず、新しい発想で仕事をするというのは、いかにも彼らしい。
そんな彼が、「クリニックはうまく行っているんだけれど、困ることが一つあってさ」とこぼした。お年寄りの多いクリニックで働いた時と比べて、患者さんにデートに誘われることが非常に多くなったというのだ。イーストビレッジはニューヨークでも新しい文化の発信地として知られるリベラルな街で、ゲイも多い。そのため、彼に声をかけるのは女性だけではないようだ。
女性の場合は、診察の後でメールをしてきて、「こんなこと言ったら驚くかもしれませんけれど、今度コーヒーでも飲みに行きませんか」という穏やかな誘い方が多いらしい。一方、男性は診察中に堂々とデートを申し込んでくるという。「これも男女の違いだよなー」と彼は笑っていた。ちなみに、男性の患者さんには、「彼女がいます」(実際いる)と言って断り、女性の患者さんには、「そのようなことは医師免許に関わる行為であり、禁止されています」と断っているという。
彼がストイックに患者さんからの誘いを断るのは、別に交際中の女性がいるからだけではない。治療中の患者と恋愛関係を持つのは、倫理上大問題だからだ。 患者との性的関係などについての非倫理性は、特に精神科の分野では長らく研究されてきたが、それ以外の分野の医師に関しての議論が深まったのは、比較的最近のことだ[注1]。AMA(米国医師会)は「弱い立場にいる患者につけこんだ行為」として反対している。
治療中の患者と恋愛は「違法行為」
AMAの医療倫理の指針(AMA Code of Medical Ethics)には、患者との性的接触について独立した項目がある。その一部を引用してみよう。
「患者―医師関係と同時期に起こる性的接触は、不正行為(違法行為)に相当する。 医師と患者間の性的または恋愛的な交流は、医師と患者のあるべき関係を損ない、患者の弱い立場が悪用される可能性があり、 医師の客観的な判断を鈍らせる可能性がある。そのため、最終的に患者にとって有害になり得る」
また、ニューヨーク州の衛生局(Department of health)は、医師と患者の性的接触を禁じている。つまり、互いの同意で始まった付き合いでも、その事実が露見すれば、不正行為として懲戒処分になる可能性があるのだ。
しかし彼が用心する理由は、ニューヨーク医師会からの処分だけではない。患者の女性とデートした後、振って恨まれたりしたら、「診察中にふらちな行為をされた」などとでっちあげられる可能性がある。だからこそ男性の医師が内診を行う場合には第三者を置くことが重要なのだが、一人きりで開業している彼は、それができない。マイクロクリニックを開業してからは、患者さんが婦人科系の主訴を訴えてきた場合は産婦人科医に紹介し、デートのお誘いは、一律断り続けているのである。
「困っちゃうな。やっぱりこの金髪と青い目のせいかな」と、髪をかきあげながらこぼす彼の姿を見ていたら、思わずコーヒーを吹き出してしまいそうになった。そんな話ばかりしていて、別の意味で苦悩が多かったであろう南スーダンやタンザニアでの仕事の話を聞きそびれてしまった…。ただ、患者さんに対する愚痴を一般の人に話すのは職業倫理上ほめられた話ではないし、"モテる"話をパートナー相手にこぼすと、もめごとの原因にもなりかねない。
また悩んでいたら、話くらい聞いてあげてもいいなと思っている。うぬぼれをちょっと控えめにしてくれればね。
婦人科・成人科ナースプラクティショナー(NP)。2006年米イェール看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。「チーム医療維新」管理人。プライマリケアを担うナースプラクティショナーとして、現在、マンハッタンの外来クリニックで診療にあたる。米ニューヨーク在住。
[日経メディカルオンライン 2011年9月22日付記事を基に再構成]
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