男と女の関係を変えた「直立姿勢」
働きもののカラダの仕組み 北村昌陽
子育ての経験がある人なら、赤ちゃんが初めて立ったときの感動を覚えているかもしれない。通常、赤ちゃんは1歳前後になると、自力で立てるようになる。体に根付いた本能的な力に導かれて、自然と2本足で立ち上がるのだ。
ただ動物界を見渡すと、常時体を直立させる姿勢は、かなり特殊。以前、ある動物園でレッサーパンダが直立姿勢をとって話題になったが、ああいう姿が注目されること自体、人間の特殊さの表れといえよう。
姿勢が特殊なのは、それを支える骨格が特殊だから。人類の化石研究が専門の、国立科学博物館名誉研究員の馬場悠男さんによれば、人体骨格のユニークな特徴は「骨盤」と「足のアーチ」に表れているという。
「400万年ほど前、骨盤と足の骨格が現代人とほぼ同じ形になった時点から、人類は直立二足歩行動物になったのです」
骨盤と「足のアーチ」は時間差で進化
人間の骨盤は、おわんのような形が特徴的だ。このおわんが、直立した胴体の一番底で、腸などの内臓の重さをしっかり支える。
「これは人間特有の形。人間と近縁の類人猿、例えばチンパンジーでも、骨盤の形はむしろ四足歩行の動物に近いですね」。チンパンジーの骨盤は、平べったい板状。背骨の両側に2枚の板状の骨を並べたような形だ。
人類の祖先の骨盤がおわん状になったのは、今から600万~700万年ほど前と推測されている。これで、内臓の重さを支えると同時に、骨盤上部(「腰骨」にあたる部分)が広がってお尻の筋肉が大きく発達し、直立姿勢が安定したといわれている。
ん、ちょっと待って。さっきは確か、400万年前といいましたよね?
「ええ、このあと足にアーチができるのが約400万年前です」
つまり、「おわん状の骨盤」と「足のアーチ」の間に、タイムラグがあるってこと? 「そう。その間の200万~300万年ほど、人類の祖先は、おわん状の骨盤と、チンパンジーのように木の枝をつかめる足を併せ持った姿だったのですよ」
足のアーチは、平らな地面を効率よく歩くのに適した骨格。400万年ほど前、気候の変動によって人類の祖先はサバンナのような平原で暮らすようになり、足もアーチ型になった。でもそれより前、森林に住んでいたころから、骨盤はすでにおわん状。つまり彼らは最初、森の中で立ち上がったのだ。
ただ、枝をつかめる足は、長い距離を歩くには不向き。ということは、枝の上で立ったの?
「そうです。2本足で立つと、空いた両手で物を持てますね。これで、雄が雌にプレゼントを運び、雌はより良いプレゼントを持ってきた雄を選ぶようになった。雌が選択権を握ったことで、人類は一夫一妻の習性になったという説があります」
へぇー、確かにテレビの動物番組を見ると、チンパンジーなどは群れで生活している。ああいう生活から一夫一妻へシフトしたのは、2本足で立ち上がったからなのか。そんなところにまで影響するとは、「立つ」ってすごいことなんだな。
足のアーチ構造は歩かないと衰える
ところで、足にアーチがあるのも人間特有ですか?「人間以外でアーチ骨格を持つ動物といえば、ゾウです」
ゾウ?
これはまた意外な名前が出てきたが、アーチ骨格の足は重さに強く、体重の重い動物に適しているという。人間はゾウよりはるかに軽量だが、2本足という特殊な姿で歩くには、アーチが必要だったようだ。「歩くためのアーチですからね。あまり歩かない生活では衰えるのも当然でしょう」
なるほど。確かに外反母趾(ぼし)やタコなど、足のお悩みはアーチの衰えと直結している。せっかくの二足歩行の体なのだから、きちんと生かしたいものです。
生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。
[日経ヘルス2012年6月号の記事を基に再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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