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健康・医療
from 日経Gooday

人材配置を誤るとストレス社員が急増する心療内科医・海原純子氏に聞く

2016/2/29

from 日経Gooday

現代社会の荒波の中で、「男らしさ」というイメージが男たちを苦しめている――。心療内科医の海原純子さんが著書「男はなぜこんなに苦しいのか」(朝日新聞出版)で指摘するこの事実は、程度の差こそあれ、働く世代の多くの人が共感するところかもしれない。今回は働き方とストレスの関係について伺った。

経営者に求められる適材適所の人材配置

――男性たちが「男らしさ」にがんじがらめになっている現状は、個人の気質的な問題と、社会の仕組み自体の問題が絡み合って引き起こされているように感じます。

その通りです。これまで私は女性を専門に診ていたということもあって、男性に関しては「妻の背後に見える夫」という立ち位置で感じてきました。そのときはまだ、仕事は大変だったかもしれないけれどプライドがズタズタにされるようなことはなく、軽いストレス解消法で乗り切れることが多かったと思うんです。

でも経済的基盤が揺らぎ、会社は成果主義へと変貌を遂げ、さらに日本の場合は結果主義を求める一方で勤務時間まで見張られているような状態で、一人だけ早く帰社するのが難しいのが現状ですよね。つまり、会社自体のあり方も一緒に考えていかなければ、男性たちが抱える“生きにくさ”を是正することはできないと思うのです。

経営者たちは人件費を減らすために正社員をばさばさカットし、派遣社員や契約社員を採用することに躍起ですが、そんなことをしても決して社内の雰囲気は改善されません。そもそも派遣社員や契約社員の人は正社員に比べて自分の裁量でできる範囲が限られていることが多く、待遇にも差があります。このようなことから生じる軋轢(あつれき)は、派遣社員や契約社員はもちろん、正社員にとってもストレス要因につながりやすいのです。

人件費削減の前に会社がやるべきことは、社員一人ひとりの適性をきちっと把握すること。そして、彼らの持つスキルや才能が発揮できる配置転換を考えることにほかなりません。

「やらされている感」をなくすことで会社全体の雰囲気が変わる

――おっしゃる通りだと思うとともに、実現はなかなか難しいことのようにも思いますが、実際にそういった取り組みをして成功した事例はご存じですか?

私がメンタル面で携わっている企業の話なんですが、初めてその会社を訪れた時、病院かと思うほど雰囲気が暗かったんです。引きこもって会社に出てこない人もいて、心身症で倒れてしまう人が続出していました。

そのため社員の皆さんと面談しながら仕事の適性を見ていくと、全然ITに向いていない人がITの部署にいたり、営業が得意なのに事務方に回されていたりと、人材配置がぐちゃぐちゃになっていることが分かったんです。そこでトップにその結果をお知らせしつつ、私自身が入社面接にも携わり適性を見極めるようになったら、5年くらいで社内のムードがガラリと変わり、会社の業績もアップしました。

社員皆が来客者にあいさつするようになったし、とにかく明るくなった。仕事が忙しいことに変わりはないですが、適材適所の人材配置ができたおかげでモチベーションが上がり、「やらされている感」がなくなったんです。

仕事の裁量が、ストレス度を左右する

――確かに「やらされている感」の有無や仕事の裁量度はストレスと関係が深いように感じます。実際、働き方とストレスはどの程度関係があるのでしょうか。

ストレス要因としてよく長時間労働が取り沙汰されます。もちろん労働時間の長さは大きなファクターではありますが、実は、ストレス度合いは「仕事の要求度」と「自由度=コントロール度」のバランスによって決まるというほど、ストレスと働き方は大きな関わりがあるとされています。

スウェーデンのカロリンスカ医科大学ストレス研究所のロバート・カラセク氏が提唱した「カラセクモデル」によれば、出社時間やプロジェクトの進行など、仕事に関わるすべてを上司に言われた通りにしかさせてもらえず、自分に全く決定権がない状態は、「コントロール度が低い」とされています。そしてコントロール度の低さに加えて「高い成果も要求される(要求度が高い)」パターンが、最もストレスをため込みやすい状態だとカラセク氏は説いています。

逆に自分の裁量で仕事ができる幅が広いと、求められる水準が高くても、ストレスになりにくいといわれているんです。つまり労働時間の長短だけでなく、働き方そのものが大きく心身に影響するんですね。本の中でも紹介しているフリーのプロデューサーの方も、休みが月に1~2回しかない状態ですが、仕事の進め方の自由度が高いせいか、疲弊知らずでいつお会いしてもお元気です。

仕事の要求度が高くても仕事の進め方のコントロールができる場合はストレスを乗り切れる。最悪は要求度が高くコントロールもできない場合だ。(図は、カラセク博士の論文を基に海原氏が作成)

◇     ◇

労働時間の長短だけでなく、働き方もストレスと大きな関わりがあることは重要なポイントだ。働くすべての人がストレスに関するこうした知識を持つことが、会社全体、ひいては社会全体のストレス予防につながるに違いない。

なお、今回の取材で印象的だったのは、「『私はまだまだ社員の話を聞けていないんです』と言う上司ほど実際にはよく部下のことを見ていて、コミュニケーションも取れている。一方で、『私は部下のことを何もかも把握している』と言う上司ほど、まったく理解がないパターンが多い」という海原さんの言葉だ。さて、あなたが人事権を持つ立場やチームを束ねる立場にいるとしたら、一体どちらのタイプだろうか。

(取材・まとめ:小泉なつみ=フリーライター)

Profile
海原 純子(うみはら・じゅんこ)
医学博士
東京慈恵会医科大学卒業、1986~2006年女性の為のクリニック所長、06~13年白鴎大学教育学部教授、12年昭和女子大学国際学部客員教授、08~10年ハーバード大学客員研究員、13年日本医科大学特任教授、07~12年厚生労働省「健康大使」。復興庁心のケア事業(13-14)統括責任者、復興庁県外自主避難者支援事業心のケア担当(14-15)、日本医科大学健診医療センターストレス健診外来担当。著書に「こころの格差社会」(角川書店)、「男はなぜこんなに苦しいのか」(朝日新聞社)などがある。
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