世界的写真家アニー・リーボヴィッツの女性観

Misty Copeland, New York City, 2015 (C)Annie Leibovitz. From WOMEN: New Portraits, Exclusive Commissioning Partner UBS
Misty Copeland, New York City, 2015 (C)Annie Leibovitz. From WOMEN: New Portraits, Exclusive Commissioning Partner UBS
全裸のジョン・レノンが愛妻オノ・ヨーコの隣で無防備な姿を見せている写真などで知られる世界的なフォトグラファー、アニー・リーボヴィッツ。グローバル金融グループUBSが独占コミッショニング・パートナーを務める彼女の新作肖像写真展「WOMEN:New Portraits」が、3月13日まで東京・東雲で開催されている。
 日本でも人気の高いリーボヴィッツだが、これまで作品をまとめて見られる機会がほとんどなかったこともあり、話題を呼んでいる。開催に合わせて来日したリーボヴィッツが、プロジェクトや自身の作品について語った。
Annie Leibovitz, New York City, 2012

目の前に現れた彼女は、気さくで、こちらの質問に真摯に向かい合う誠実な人だった。

開口一番披露してくれたのが、初めて自分のカメラを買ったのは日本だったというエピソード。1960年代の話だ。米空軍勤務の父親がフィリピンのクラーク基地に勤務していた頃、日本を訪れる機会があった。購入したばかりのカメラを肩に、富士山の山頂まで登ったという。

「標高が上がるにつれ、カメラがずっしりと重く感じられてきたの。当時は今のように軽い機材はなかったから。いい写真を撮るためにはカメラを上手に身の内に取り込んでいかなければならないことを、その時に学んだわ」

写真家集団「マグナム」のフォトジャーナリストでモダンアート出身のアンリ・カルティエ=ブレッソンに憧れた少女は、イスラエルで撮影した反戦活動の写真を米国の雑誌『ローリング・ストーン』に持ち込んだのを機に同誌のフォトグラファーに抜てきされた。そして「ビートルズ」で人気絶頂だったジョン・レノンの撮影を任され、同誌の表紙を華々しく飾ったのが弱冠20歳の時。75年にロックバンド「ローリング・ストーンズ」の捨て身のツアードキュメントで名をはせ、80年には前出のレノン夫妻の写真を撮影した(その数時間後にレノンは狂信的なファンに撃たれて落命。結果として、これがレノンの人生最後の写真となった)。

「でもね、私、気づいたの。ブレッソンのようにあれもこれも盛り込んだ写真を撮るのは私には無理だということに。それからはコンセプチュアルアート(概念芸術)に取り組むようになった。私の場合、表現する手段が写真だったのよ」

やがて『ローリング・ストーン』を離れた彼女は雑誌『ヴァニティ・フェア』や『ヴォーグ』へと活躍の場を移し、女優デミ・ムーアの妊婦ヌードや、ウーピー・ゴールドバーグが牛乳風呂に入浴する姿など、型にとらわれない、唯一無二の世界観を築き上げた。

知命を迎えた彼女が新たにスタートさせたのが、様々な分野で活躍する女性たちを撮影するプロジェクト。パートナーであり、プロジェクト初期の共同制作者だったスーザン・ソンタグ(2004年死去)が「a work in progress(現在進行形の作品)」と称した作品群だ。99年には米ワシントンのコーコラン・ギャラリー・オブ・アートで写真展を開催し、写真集『Women』を刊行した。「最初にプロジェクトの話を聞いた時は『え? 女性だけなの?』と思ったわ。当時の社会状況からして、こうした写真を撮影するのは、今よりずっとハードルが高かったの」

当初は「例えば教師であるとか、市井の人も含めて私がリスペクトする女性を撮りたい」と考えていた。しかし、時代とともに女性を取り巻く状況や価値観も変化。結果として今回の写真展には、現代のエポックメーキングな女性たちのポートレートが並んだ。好例が、アメリカン・バレエ・シアター75年の歴史上初のアフリカ系米国人女性プリンシパルとなったミスティ・コープランドだろう。女神のような衣装の上からも、強靭(きょうじん)な意思をもって鍛え抜かれた肢体の美しさが見てとれる。

しかし、「基本的には私の興味を引き付ける人であり、時にはふっと頭に浮かんだ人だったりする」というモデル人選の姿勢は変わらないという。「私は、『女性だから』『母親だから』といった思い込みを捨てて、その人が何をやっているかを見るの。そして、その人だけの個性を写すのよ」

被写体となった女性たちとの交流を語る時、彼女はひときわ冗舌になった。「ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイは、2月の中旬に英バーミンガムの彼女が教えている学校の教室で撮影したの。すてきに笑ってくれた。このシリーズに欠かせない人だから、撮れて本当にうれしかったわ」「アウン・サン・スー・チーに『会いに行きたい』とお願いしたら、『是非いらして』と返事がきたの。それなのに、撮影時間はたった5分しかなかったのよ」

といっても、5分間のシューティングに不満を募らせたわけではない。彼女にとっては、短時間でも「撮影対象の“場”に入っていく」ことは何より大切な儀式だからだ。

著名なポートレートフォトグラファーにはファッション畑の出身者が多い。しかし、彼女は『ローリング・ストーン』誌で鍛えられた生粋の“ジャーナリスト”。それゆえ、著名女性たちの切り取られた日常にはあまたの言葉を弄しても語り尽くせない存在感があり、一つの時代を鮮烈に映し出すのだろう。

(日経BPビジョナリー経営研究所 森田聡子)

「WOMEN:New Portraits」
 世界10都市巡回展の一環で、東京はロンドンに次ぐ2都市目。新作に加え、プロジェクト初期のオリジナル作品や未発表作品も公開されている。
期間 ~3月13日
場所 TOLOT/heuristic SHINONOME 東京都江東区東雲2-9-13 2階
時間 午前11~午後7時(無休) 入場無料
https://www.ubs.com/annieleibovitz-jp