「ワラ納豆」を食べてみた 手間を裏切らぬ濃厚な味
買って帰って開けてみると、期待は軽い失望に変わった。ワラの中に収まっていたのはナイロンに包まれた納豆だ。ワラと豆がじかにふれあっているのではなく、スーパーにもある納豆をワラに入れてレトロな感じを演出しているだけという臭いが濃厚なのだ。全国納豆協同組合連合会(東京・台東)に問い合わせてみると「衛生上の問題もあって、ワラに入っていても中身は純粋培養した納豆菌を使ったものがほとんどです」と松永進専務理事。つまり市販の納豆と本質的には変わらないのだ。
こうなると何とかして「本物のワラ納豆」を食べてみたくなる。調べてみると栃木県真岡市に本社工場を構える「フクダ」が昔ながらのワラ納豆を製造しているという。「工場は震災で傷んだ部分も多く、お見せするような状態じゃありません」と話す福田貴光社長に無理を言って、那須のアンテナショップに押し掛けた。
商品は豆のサイズや製法によって複数あるが、フクダの納豆はすべてワラに付いた天然の納豆菌を使ってつくる。コメ農家から収穫後の稲ワラを仕入れ、契約農家が有機栽培した大豆を使う。現在、日本では年間12万~13万トンの大豆が納豆になる。うち10万トン以上が北米産だ。納豆において「大豆の産地は数少ない付加価値のポイント」(松永専務理事)。国産というだけでも貴重で、有機栽培となればなおさらだ。
製法は至ってシンプルだ。昔ながらの製法に忠実な「ふくふく」の場合、一晩水につけた大豆を9~10時間かけて煮た後、煮沸消毒したワラに手作業で詰めて20~30時間発酵させる。この間、ワラに住む納豆菌が大豆のタンパク質をうまみ成分のアミノ酸に分解してくれる。その後は保冷庫に移して2日ほど熟成させて完成だ。
市販の納豆では純粋培養した納豆菌を使って発酵させるのに対し、ワラ納豆ではワラに付着する天然の納豆菌に仕事をしてもらう。「効率が大切な大手メーカーの商品は短時間で蒸しあげた豆に納豆菌を付けますが、長時間かけて『煮る』のが昔ながらの製法。消費者の好みに合わせてウチもふかした商品をつくりますが、煮た豆の方が食感が軟らかくなります」と福田社長は解説する。
「ふくふく」を実際に食べてみる。違いはすぐに分かった。いつも食べている納豆よりも格段に軟らかい。かんだときの抵抗感がまるで少ないのだ。香りと味は濃厚だ。「ザ・納豆」という感じの風味である。市販の納豆と食べ比べてみると、現在の納豆は非常にライト。昔の人はこういう"貫禄"のある納豆を食べていたのか、と驚いた。
煮豆とワラが出合い、温度や湿度の条件が整えば納豆はできる。偶発的にでも生まれてしまうこの食材の明確な起源は分かっていない。
大豆とワラが身の回りにあった弥生時代にはなんらかの拍子に出来ていたと考えられる。聖徳太子が馬の飼料の残りの煮豆をワラを束ねた容器に入れておいたらできたという説や、11世紀の武将・八幡太郎義家が出陣した際の陣中で生まれたという伝説もある。軍馬の飼料の大豆やワラがそろう陣中には格好の条件がそろっていた。義家が奥州征伐でたどった東日本の山間部は大豆の産地。魚が取れず、古くから納豆をタンパク源とする「納豆地帯」でもあった。
江戸時代には「納豆ブーム」が起こり、後半からは「納豆ごはん」が一般的になった。明治時代の研究者たちはいかに不衛生なワラを使わずに納豆をつくるか、が大きなテーマだった。そこで純粋培養の納豆菌が生まれ、容器は木材を薄く削った経木、プラスチックのカップやパックへと変遷を遂げ、ワラ納豆は消えていった。「食品展示会などに出店すると、大手の納豆メーカーからも『こういう納豆を残してほしい』と激励されます。ひとりでも多くの人に本来の納豆はこういうものだったというのを知ってほしい」と福田社長は言う。
さて、納豆をよりおいしくいただくには食べる側にも心得が要る。美食家で名高い北大路魯山人は「納豆の拵(こしら)え方」の重要性を説いた。「納豆の拵え方とは、練り方のことである。この練り方がまずいと、納豆の味が出ない」(『魯山人味道』より)。具体的には以下の手順だ。
(1)納豆を器に出し、何も加えず、2本の箸でよく練る。
(2)白い糸状のものがたくさん出て、粘りで練りにくくなったら、しょうゆをたらしてまた練る。
(3)ほんの少しずつしょうゆをかけては練る、を数回繰り返す。
(4)糸がなくなりドロドロになった納豆に、辛子を入れてよく混ぜる。好みによって薬味も少々混和する。
つまりはよくかき混ぜること。「糸を出すほどおいしくなるのであるから、無精をしないで、また手間を惜しまず、極力練りかえすべきである」。真偽のほどは定かでないが魯山人自身、(1)の段階で305回、(2)~(3)で119回の計424回練っていたともいわれる。しょうゆ以外に塩や砂糖を加えて楽しむこともあったようだ。
全国納豆協同組合連合会が発刊した『納豆近代五十年史』には薬味について論じた章がある。ネギや青ジソといった定番以外に、別表のような興味深い品目をリストアップしている。424回かき混ぜるほどの粘り強さはなくても、これなら気軽に試せそうだ。
(吉野浩一郎)
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