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越前おろしそば 九頭竜の水と減反の産物 北陸味紀行(2)

2015/3/28

 福井県に北陸新幹線のレールは延びていないが、金沢から特急で小1時間。福井の「越前おろしそば」は一度は食べてもらいたいB級グルメだ。そばと大根おろしが織りなす味は、シンプルながら多様性に富む。しかもヘルシー。1000円はまず超えない庶民的なお値段でいただけるのはうれしいことだ。

住宅地に行列店

けんぞうそば。左手前が独特の辛み大根の搾り汁

 福井駅から第三セクターのえちぜん鉄道で20分、松岡駅で下車して10分ほど歩いた住宅街の中に、他県ナンバーの車が駐車場にひっきりなしに出入りする店がある。“行列ができるそば店”として知られる永平寺町の「けんぞう蕎麦(そば)」だ。玄関近くで15人ほどが順番を待ち、あふれた7、8人が寒空の中、店の前に並んでいた。土曜休日なら当たり前の光景という。

 この店のメニューはおろしそばとけんぞうそばの2つだけ。真冬でもだしは冷たく、天ぷらもうどんもない。同店を象徴するけんぞうそばは、辛み大根の搾り汁にだしを足し、そばをつけて食べる。搾り汁は秋田産など3種類の大根をブレンドした。細くて長い十割そば(そば粉だけで打ったそば)の風味と、辛すぎない辛さのバランスが絶妙だ。

玄関からあふれた人たちが屋外で待つのは日常茶飯事だ(福井県永平寺町の「けんぞう蕎麦」)

 店主の高柳謙造さんは素人のそば打ちが高じて還暦を過ぎてから自宅で開業した。「九頭竜川の水が最高においしい」といい、その水で打ったゆでたてのそばを客に出すのが信条だ。5キロほど離れた永平寺の行き帰りに立ち寄るマイカー客が多く、小松空港からワンボックスのレンタカーで訪れる団体客も目立つ。「もう11月の予約が入っている」と高柳さんは目を細める。

 おろしそばは福井県北部で約400年の歴史がある土着の食べ物だが、旧国名である越前の名前がついたのは比較的新しい。1947年、昭和天皇が福井県を行幸した際に、武生市(現・越前市)で出されたおろしそばが気に入ってお代わりし、その後侍従に「あの越前のそばは……」と語ったのがそもそもの由来だ。天皇が名付け親という地域ブランドはきわめて珍しいだろう。

■減反で栽培面積100倍

 では越前おろしそばとはどんなものか。結論をいえば詳しい定義はない。「そば+大根おろし(または搾り汁)+ネギ+花かつお」が基本だが、けんぞうそばは花かつおを使っていない。だしも(1)そばをつけて食べる(2)客がそばにかける(ぶっかけ)(3)最初からそばが浸っている――などさまざまだ。100店あれば100通りのおろしそばがあると言っても過言ではない。

石臼でそば粉をひいている(福井市の橋詰製粉所)

 今でこそ地域ブランドになっているが、実は福井はソバの産地ではなかった。九頭竜川水系の豊かな水と土壌に恵まれたコメどころだったからだ。あまり知られていないが、1956年には新品種のコシヒカリを生み出している。しかしソバは湿潤を嫌う。福井での栽培は山間部などに限られていた。

 「1972年に始まったコメの減反政策が転機になった」と振り返るのは、福井県玄そば振興協議会の幹部を長く務める橋詰製粉所(福井市)の橋詰伝三会長。県の意向を受け、同協議会がソバを転作作物にするよう、農業者に根気よく働きかけた結果、1976年に46ヘクタールだった作付面積は2012年に4050ヘクタールと大躍進し、全国3位にまでなった。とかく悪者扱いされる減反の効用の1つといえよう。

 収穫したソバは殻を取ってからそば粉にする。石臼でひいて製粉するのが福井のやり方だ。生産効率が高いロールびきという方法だと、粉が摩擦で熱を帯びて風味を損ないやすい。石臼だと時間はかかるが、そばの繊維を壊さない。「風味を保つうえに粉に粘りが出るため、十割そばが打てる」と橋詰会長は強調する。

福井駅前は3種類、5種類で勝負

お市そば。見た目にも鮮やかだ(福井市の「福そば」)

 福井駅に戻ろう。駅西口には、「恐竜王国福井」をアピールする動く恐竜のモニュメント3体が新幹線開業を機に設置された。そのモニュメントを横目に商店街のアーケードをくぐると、「あみだそば遊歩庵(あん)」がある。2人分のそばを3種類のだしで食べる「おろしそば三昧」が店のお勧めだ。

 食べ方はいろいろあるが、まずは普通のおろしで食べ、次は本わさびを入れたわさびおろし、そしてとろろ芋を入れたとろろおろし、またおろしに戻るのが本筋か。辛さと甘さを順繰りに味わいながら満腹になる。店主の永見雄二さんは「わさびととろろを混ぜると、また風味が変わる」とアドバイスする。

 アーケードを出たところにある「福そば」は、5種類のそばからなる「お市そば」で知られる。お市とは夫の柴田勝家とともに福井の北ノ庄城で果てた、織田信長の妹のお市の方だ。北ノ庄城跡は目と鼻の先にある。柴田神社の氏子である同店が、神社の許可を得て商標登録した。

 普通のおろしそばに加え、めんたいこ、納豆、とろ、えび天がそれぞれ乗ったそばは、見た目にも鮮やか。さまざまな味を楽しめる。珍しいのは真っ赤なめんたいこだが、その辛さがおろしと実によく合う。しかし、なぜお市? 店主の金井敬治さんの「高貴な女性の打ち掛け姿をイメージして配色した」という説明に納得。

■1日分を自家製粉するこだわり

サバとウルメイワシからつくっただしの素。福井の甘めのしょうゆに合う

 福井駅からJRの各駅停車で訪れた武生(福井県越前市)は、江戸時代には府中と呼ばれた。1601年に府中領主として赴任した本多富正が越前おろしそばの始祖とされる。ソバの栽培は以前からあったが、粉をこねて団子状にして食べられていた。それを細く切ったそばの形にし、大根おろしを使うよう指導したという。

 昭和天皇が食したという武生の「うるしや」はもうないが、市内の人気店の1つが「谷川」だ。武生駅から離れた住宅街の奥まったところにあるが、こちらも県外ナンバーの車の出入りが絶えない。自宅の土蔵を改造したしょうしゃな作りの店舗で、そばが出てくるまでの待ち時間は庭園をながめてなごめる。

 谷川のそばは太くて短いのが特徴で、香りが強くてコシの強さは抜群だ。1番人気の手打ち太びきは売り切れでお目にかかれなかったが、太びきでも十分に確かめることができた。店主の谷川正美さんは「玄そばを冷蔵庫で長期保存し、1日分を出して自家製粉する。水だけで打つことで香りとコシが出る」とこだわりを語る。

 おろしそばで見落とされがちなのはだしだ。多くの店舗にだしの素を卸している乾物の太田屋(福井市)の太田芳一社長は「だしの素はカツオではなく、サバとウルメイワシの乾物」と打ち明ける。甘めの福井のしょうゆとよく合うし、乾物自体が保存食。おろしそばは昔の人の知恵の産物であることが分かる。

「日本一おいしくて日本一知られていないそば」

 ソバにはポリフェノールの一種であるルチンが100グラムあたり100ミリグラム含まれる。ルチンは脳卒中や高血圧、動脈硬化の防止に有効な成分とされる。一方、大根おろしはビタミンCが豊富。ビタミンCはルチンの働きを増強する効果があり、おろしそばは栄養面で理想的なマリアージュを実現させた食べ物といえる。

 こうした本場の越前おろしそばを福井県以外で食べるのは難しい。とはいえ、県出身者が都会で開いているお店もあるので訪ねてみるのもいいだろう。たとえば、東京は日本橋のたもとにある「御清水庵清恵(おしょうずあんきよえ)」だ。店主の中本好美さんは福井市生まれで、武生の名店「御清水庵」で修業し、2002年に開業した。

 同店のおろしそばの特徴は青首大根の搾り汁を入れただし。辛みは控えめで、そばをつけてもぶっかけでもOK。基本に忠実なおろしそばといえる。中本さんは常連客と歓談しながら、「越前おろしそばは日本一おいしくて日本一知られていないそば」とおどけていた。

(福井支局長 池辺豊)

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