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「期限付き」と「突然」、幸せな最期はどちら? 人の余命と「受け入れる決意」

2015/3/2

日経Gooday(グッデイ) カラダにいいこと、毎日プラス

その言葉は、ある日不意に言い渡される――。「がん」。次の瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、我が人生を改めて振り返る。日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。がんをきっかけに診察室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける森山紀之・東京ミッドタウンクリニック健診センター長が語る、現代人に贈る生き方の道しるべ。

■「なぜ黙っていた? 時間がもったいないじゃないか」

もうずいぶん昔のことになりますが、ある財界人の最期に立ち会ったことがあります。がんが見つかった時点で、すでに余命は半年でした。当時、がんの告知は一般的ではなかったため、本人には知らされていませんでした。

ところが、どんな理由があったのか本人の知るところとなり、私が呼ばれました。その人は、「死ぬのは全然構わない。でも、なぜ黙っていた? 時間がもったいないじゃないか、やることは山ほどあったのに。あとどのくらい生きられるのか」と、怒りが抑えきれないようでした。

「あと3カ月です」――。私が正直に伝えると、一瞬息をのんだ後に、「そのうち、(意識がある状態の期間として)どれぐらい使えるのか」と即座に聞き返しました。

大したものだと思いました。一瞬で死を受け入れ、微動だにしなかった。そこから残された時間を余すことなく使い、「あっぱれ」としか言いようのない最期を迎えたのでした。

現在のがん治療は、インフォームドコンセントが主流ですから、患者さんが希望すれば、余命がどんなに短くても、告知をすることになっています。

何歳まで生きられるかはわからないけれども、まあ平均寿命くらいまでは行けるんじゃないか――。

きっと多くの人たちは、こんなふうに自分の命の長さについて楽観的に考えているのではないでしょうか。そうしたところにいきなり「余命」を宣告されたとしたら、動揺するのは無理もありません。

■「余命が分かる期限付きの死」のほうがいい

がんの受け止め方も百人百様です。先の財界人のような受け止め方ができる人もいる一方で、泣きわめく人、誰かのせいにしないと気が済まない人、「なんで俺ばかりがこんな目に」と悲嘆に暮れる人もいます。

もしもこの先、自分の「余命」を知ることになったら、次のように考えてみてはいかがでしょうか。

「死ぬまでの間に猶予が与えられたのだ」と。残りが半年であれ、あと1年であれ、できうる限り「生」を全うすることに意識を向けてみるのです。

そもそも、人間が迎える寿命を「死」から見てみると、2つに大きく分けられます。それは「余命が分かる期限付きの死」と、心筋梗塞や脳梗塞といった血管アクシデント、不慮の事故などによる「余命が分からない突然の死」です。いずれのケースもたくさん接してきた私からすると、前者のほうが、後者よりも「圧倒的にいい」と言えます。

■心筋梗塞で倒れた父が残した言葉

「突然の死」に対しては、本人はもちろんですが、周りの人たちにとっても何も準備ができていません。不幸にもこうしたことが起こってしまうと、残された人たちは大変なことに巻き込まれることが少なくありません。当の本人は「死んだから関係ないよ」と冗談半分で言うかもしれませんが、例えば、会社の経営者だったり、一家の大黒柱だったりすれば、遺された社員も家族も、その後の対処方法や人生設計に窮するといった話は珍しくないのです。

じつは、私の父は、私が高校生の時に亡くなりました。ある日、心筋梗塞で倒れ、幸いにも一命は取りとめ、その後1年間ほど生きながらえました。闘病している父に、「死にそうなときって、どんな感じなの? すごく苦しがっていたけれども」と、こんな質問をしたことを覚えています。

父は私の問いに対して、「そんなに苦しくなかったよ。意識がもうろうとしていて、苦しいことが分かっていないんだから。それより、もしこのまま死んだら、お母さんには迷惑をかけ続けたなぁ、まだ高校生のお前がかわいそうだなと思っていたよ」と答えました。

そのまま死に至らなかったからこそ、こうした言葉を私に残せたのだと思います。もしも、父があのまま目を開かなかったら、死に対する考え方も含めて、私は今の自分とは違う人間になっていたのではないかとさえ思います。

■「死を受け入れた」からこその長生き、回復

さて、話を「2つの死」に戻しましょう。

多くの人が「がん」と聞けば、真っ先に「死んでしまうのか」「余命はどれぐらいあるのか」と考えてしまうでしょう。命の陰りにおびえたり、やりどころのない不安にさいなまれたりするのも当然です。一方で私は、「人間として死を受け入れることは、とても意味がある」と考えています。

もちろん、がんは早期の発見と治療で、統計的にもかなり治る確率が高くなりつつある疾患です。ですがその一方では、かなり進行していたり、手術が成功しても再発したりするケースも少なくありません。「絶対に治る」とは言えないのががんでもあります。

医師として患者に向かって「死を受け入れなさい」とは決して言えません。ですが、それを見事に受け入れて、余命を輝かしく生き抜いた患者さんたちを、私は数多く見てきました。死を受け入れ、残り少ない時間だからこそ大切に使おうと前向きな決意をした人の中には、その後、驚くほど長生きしたり、場合によっては奇跡的に回復したりする例が少なからずあります。私もそうした多くの患者から、「生きることとは何か」といった哲学的な学びを得ました。

■余命2週間の女性が夫とうなぎを食べに行った理由

思い出すのは、肝がんの末期だった60代の女性のことです。余命が残り2週間ぐらいになっても、まだ元気で普通に食事ができる状態でした。

彼女から突然、「先生、主人と3人でちゃんとしたところでうなぎを食べに行きたいのですが、お付き合いしていただけませんか?」と言われて、夕食をともにしたことがありました。食事をした翌日、「うなぎがお好きだったのですか」と彼女に言葉をさしむけたら、次のように答えました。

「そうではありません。主人はいつも忙しくて、私と一緒にゆっくり過ごしてくれることがありませんでした。だから、最期に1回だけ主人とゆっくり食事をしたかったんです。ちゃんとしたうなぎ屋だと、うなぎをさばくところからはじめるので、時間がかかると思って。昨夜の主人は、優しい目で私の話を聞いてくれて、今まででいちばんすてきでした。もうこれで思い残すことはありません」

人はいつか死を受け入れなければならない。「余命が分かる期限付きの死」は「突然の死」と比べれば、自分の命を自分で全うできる“幸せな死”だというのは、いささか誇張が過ぎるでしょうか。

(まとめ:平林理恵=ライター)

Profile 森山紀之(もりやまのりゆき)
東京ミッドタウンクリニック常務理事
1947年、和歌山県生まれ。千葉大学医学部卒。76年に国立がんセンター放射線診断部に入局。同センターのがん予防・検診研究センター長を経て、現職。ヘリカルスキャンX線CT装置の開発に携わり、早期がんの発見に貢献。2005年に高松宮妃癌研究基金学術賞、07年に朝日がん大賞を受賞。主な著書に「がんはどこまで治せるのか」(徳間書店)。

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