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がん治療、「絶対治る」は絶対信用できない 根拠のない治療法が魅力的に映る理由

2015/1/5

日経Gooday(グッデイ) カラダにいいこと、毎日プラス

その言葉は、ある日不意に言い渡される――「がん」。耳にした瞬間、多くの人は「死」を初めて実感し、自分の「命」を改めて認識するようになるという。今や日本人のおよそ半分が、なんらかのがんにかかる時代。人生、家族、仕事……。がんをきっかけに診療室で繰り広げられる人間模様とともに、がん治療の最前線を歩み続ける森山紀之・東京ミッドタウンクリニック健診センター長が語る、現代人に伝えたい生き方の道しるべ。

■混乱する原因は周りからどんどん集まる情報

がんの告知を受けたとき、多くの人が不安定な精神状態に陥ってしまい、疎外感や孤立感にさいなまれる「魔の2週間」を経験することを、前回お伝えしました。

では、このつらい時期を乗り越えると、人はどんな行動をとるのか。大まかに言うと、告知を周囲に伝えず、がんの告知自体が「なかったこと」であるかのように振る舞う人と、自分の病気を大騒ぎして吹聴して回る人の2通りに分かれます。

前者は、例えば会社を経営していて、自分ががんであることが周囲に知られると、取引に悪影響が出ると考えるようなタイプ。芸能人の方もがんであることを伏せていることが少なくありません。

一方、大半の方に当てはまるのが、後者の大騒ぎをするタイプです。黙っているよりも、動き回って、いろいろな人と話をしたほうが、精神的にラクになれるといった患者さんの声もあります。

後者のタイプが多いのは、患者さんを支える家族もまた同様で、「うちの夫が肺がんで」「おばあちゃんががんになっちゃって」と、あちこちに話をして歩きます。そうすると、がんは案外、身近な病気だったりしますから、あっちにもこっちにもがんの“ご意見番”がいて、ふんだんな情報が居ながらにして集まってきます。また、パソコンで調べまくって進行度別の手術方法などの情報を集める人も出てきます。

その結果起こりがちなのが、情報を集めたのはいいけれどどうにも収拾がつかず、情報に踊らされてしまうというパターンです。

■手術をするためには事前の準備に時間がかかる

かつて、肺がんの疑いでがんセンターにやってきて、3週間後の手術を予約した患者さんがいました。ところがその患者さんはこの3週間が待てなかった。なんでも、その間を利用して情報を集めたところ、知り合いが、「世界一の名医を知っている」「普通は半年以上待たないと手術してもらえないが、私が頼めばすぐに割り込ませてもらえる」などと言ってきたとのこと。世界一にひかれたのか、一刻も早くと思ったのか、自分の順番が来る前に手術をキャンセルしてほかの病院へ移ってしまったのです。

がんが進行しているにもかかわらず、手術までの3週間、精神的に不安定なまま過ごすのはつらいかもしれません。でも、がんの手術を受けるには、術前検査などのいくつものプロセスを経る必要がありますから、このくらいの時間はかかってしまうものなのです。例えば見かけは丈夫そうでも、検査の結果、心臓に問題があることが見つかったり、すでに全身に転移していたり、ということもあります。そうだとわかれば、心臓に負担をなるべくかけない方法が第一の選択肢になりますし、転移の状態によっては手術をせず、抗がん剤治療に進むこともあります。

居ても立ってもいられない気持ちは理解できますが、手術まで最低3週間程度はみておく必要があるのです。

■セカンドオピニオンは遠慮なく活用する

がんの研究やがんの治療技術の開発はまだまだ発展途上にあり、未知の領域がたくさん残されています。また、病態は「患者さんが100人いれば100態ある」と言えるほど多様です。そのため治療法も多く、標準治療のガイドラインが定められている一方で、一つの治療法だけを専門に行う医療機関や医師も存在します。それだけに、私たち医師は、治療の選択の基礎となる十分な情報提供を行い、患者から同意や納得を得ること(=インフォームドコンセント)が欠かせません。

さらに、患者自身が納得できる説明を求めるために、主治医以外の意見を聞くセカンドオピニオンを希望する人も増えています。わからないことを聞く相手は、まずは主治医ですが、もしも納得できないときやそのほかの可能性を探りたいときには、セカンドオピニオンを求めることに、患者として何の遠慮も躊躇(ちゅうちょ)する必要もありません。

■医師として困惑してしまうのは…

しかしながら、セカンドオピニオンに関する相談を受けた際、医師として困惑するケースがしばしばあります。それは、非常に特殊ながん治療を行っている医師や病院を指定して、「××病院の〇〇先生に、△△治療に可能性があるか説明を受けたい」と言われたときです。

がんに限らず、治療とは、あくまでも科学的根拠があることが大前提となります。これまで積み重ねてきた医療、治療の統計に基づくエビデンスによって成り立っています。

ところが中には、科学的根拠の乏しい特殊な治療法を実施しているところもあるのが現状なのです。がん治療の最中、民間療法や代替療法をやってみたいと希望される患者さんも出てきます。しかし、民間療法でがんが治ったとされるケースの多くは、そもそもがんでなかったものをがんだとして治療をしたり、どんながんを何の根拠に基づいてどのように治療したのかが残念ながら明確ではなかったりするものが少なくありません。

それでも民間療法に人気があるのは、時に奇跡のようなことが起こるからです。私自身にも経験がありますが、がん細胞の中には、何の治療を受けなくても、自然に縮小したり、消えてしまったりするものもあります。余命6カ月と言われたのに、がん細胞が突然小さくなり治ってしまうようなケースを、医学的には「自然退縮」と呼び、6万~10万人に1人の確率で起こるといわれています。もしも、この患者さんが頼みの綱として民間療法を行っていれば、「〇〇療法でがんが消えた」ということになります。というわけで、それが治療の成果だったのか、自然退縮だったのか、それとも本当にがんだったかが分からないために、非常に誤解を生みやすいのです。

■がん患者特有の心理

ここで、1つ例を挙げましょう。主治医から治癒率70%の治療法Aを示されたとします。一方、治療法Bなら治癒率は85%になるけれども非常に強い副作用がある。どうしようか迷っているところに、民間療法Cを誰かに勧められたとします、その民間療法が「絶対に治る」「みるみるよくなる」などと噂になっていたら、心引かれてしまう…。

それががん患者の心理なのです。AにもBにも、治療を受けるに当たって明確なマイナス点があるのがはっきりしていますね。でも、Cには明らかなマイナスが示されていない。そうするとまったくエビデンスがないようなCの選択肢に飛びついてしまうものなのです。

このようながん患者特有の心の問題は「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」という学問にもなっています。

がんは命を落とす可能性がある病気であるとともに、生活そのものを一変させてしまう面もあります。経済的な問題が出てくることもありますし、他人に依存して生きていく苦痛や、見捨てられるのではといった恐怖など、さまざまな精神的な負荷を患者が抱え込みやすいことが学問的にも知られています。非常に理知的な人であったとしても、根拠に乏しい民間療法に驚くほど高額な治療費をつぎ込んでしまうことも多いのですが、これこそが、がん患者特有の心理なのです。ぜひ知っておいてもらいたいと思います。

■マイナス材料が示されないものは疑わしい

治療法の選択で迷走しないために、私が勧めているのは以下のような考え方です。

先に挙げたA、B、Cの例で言うと、第一選択肢は主治医が示した治療法A。がん患者の多くは、Aが不安だからBを選び、するとBは不満だからC…といったように、次々と治療法までも変えてしまいます。医学的根拠に基づいたAを中心にすえて、そのうえで免疫療法に興味がある、サプリメントをやってみたいといった、派生した選択肢を主治医に相談しながら検討してみるのです。

がん患者には特有の心の問題が起こる。がんを宣告されたご本人はもちろん、サポートするご家族や周りの方々にそれを知っておいてもらえたら、冷静な判断を保つ一助になると思います。

(まとめ:平林理恵=ライター)

Profile 森山紀之(もりやま のりゆき)
東京ミッドタウンクリニック健診センター長、常務理事
1947年、和歌山県生まれ。千葉大学医学部卒。76年に国立がんセンター放射線診断部に入局。同センターのがん予防・検診研究センター長を経て、現職。ヘリカルスキャンX線CT装置の開発に携わり、早期がんの発見に貢献。2005年に高松宮妃癌研究基金学術賞、07年に朝日がん大賞を受賞。主な著書に「がんはどこまで治せるのか」(徳間書店)。

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