なるほど。でも、このしくみが順調に働けば、だれも体脂肪に悩まなくてすむはずでは?
「その通り。でも現実に太ってしまうのは、“レプチン抵抗性”という問題があるからです」
レプチン抵抗性とは、レプチンの効きが鈍ること。脂肪が増えたとき体はレプチンというブレーキを踏むけれど、もっと増えてしまうと、ブレーキの効きが悪くなる。だから、肥満になって血液中のレプチン量が上がりっ放しだと、レプチンは効かなくなってしまうのだ。「実験で、ネズミに高カロリー食を与え続けると、太るほどたくさん食べるようになります」
うーん、それじゃあもうやせられないってこと?
「やせ始めるのが難しいですね。でもひとたび脂肪が減り始めると、脂肪組織が脳へ神経シグナルを出して、レプチン抵抗性が改善します」
ほぉ~、やせ始めれば食欲も収まるのか。確かに経験的にも、体が“やせモード”にさえ入れば楽になる気がするけれど、こういうことだったのか。
「野生の暮らし」にはメタボも役に立っていた?
ところで、体の中にはどうしてそんな込み入ったしくみがあるのですか? という質問に、「これは想像ですが」と前置きして、片桐さんは話し始めた。
「野生の中で生き残るには、レプチンの食欲抑制も、抵抗性も意味があったと思うのです。まず人間は集団生活をする動物だから、一人だけ食べ過ぎないように通常は食欲のブレーキが働く。でも、マンモスのような巨大な獲物をしとめたときは、食べられるだけ食べておきたい。そんなときはレプチン抵抗性が役立ったのではないかと」
実際、体脂肪が増えてくると、脳の指令ですい臓がインスリン分泌量を増やすという。インスリンは、食べた栄養を体内に蓄えさせるホルモンなので、レプチン抵抗状態でインスリンが増えれば「どんどん食べてどんどんためる」ことになる。確かに、マンモスを倒した原始人には大事なことだっただろう。
でも私たちはそれじゃあ困る。レプチンに抵抗しない“やせモード”を目指しましょう。
生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。最新刊は『スゴイカラダ~あなたの健康を保つ驚くべきしくみ』(日経BP社)。
[日経ヘルス2010年6月号の記事を基に再構成]