タニタ「個人事業主化」 当初8人、5年目で31人に
タニタ 谷田千里社長(上)
健康機器大手のタニタ(東京・板橋)は2017年から、働き方改革として「社員の個人事業主(フリーランス)化」という制度を始めている。希望した社員が一旦退職して、個人事業主として会社と業務委託契約を結び直す制度だ。働き方改革に詳しい相模女子大学大学院特任教授の白河桃子さんが、谷田千里社長に聞いた(以下、2人の敬称略)。
自己裁量で仕事をしているか
白河 本日はずっと注目していた御社に念願かなっての訪問です。「残業削減だけを目指す働き方改革では、生産性や働きがいの向上にはつながらない」という考えから、御社が「日本活性化プロジェクト」を発表したのが16年。その目玉が社員が個人事業主になるというものです。当時は非常に斬新な制度として注目され、複数の企業が後に続いています。導入5年目を迎えた今、御社でどんな変化が起きているのかうかがいたいと思います。そもそも、なぜこの制度を導入しようと思ったのか、その経緯から聞かせていただけますか。
谷田 ご注目いただき、ありがとうございます。この制度は、働く「時間」の問題ではなく、働く人の「主体性」を高めたいという思いから生まれたものです。社員のメンタルヘルスについて分析すると、働く時間と心身の健康には必ずしも相関がないことに気づいたのです。
つまり、長時間働いていてもイキイキと働き、成果を出している社員がいる。私自身も、ものすごく働くタイプですが倒れない。スタートアップの起業家たちなんて、私よりもっと働いていますが非常に元気です。「長時間働いて倒れる組と倒れない組に、何の違いがあるのか?」と突き詰めた結果、決定的だと考えたのが「働かされている感があるのか、自ら働いている感があるのかの違い」だったのです。
白河 自律的なのか、つまり、自己裁量で仕事ができているかどうか、ですね。
谷田 そうです。では、「働かされている感」から社員を解き放つにはどうしたらいいだろうか――。そう考えて発想したのが、「社員という立場から解放する」という方法で、社員の個人事業主化だったのです。つまり、被雇用者ではなく、自分自身が経営者として自己裁量の権限を創出する機会をつくるという狙いでした。
世間でご注目をいただき、おっしゃったように同様の制度を導入する企業も出てきました。ただ、どうもその意味合いが当社とは異なるように感じることもあります。社外から収入を得ることを公認し、これからは他でも稼いでねというメッセージを発している印象を受けることもあるのです。
目指しているのは働きがいのある会社
白河 表面上は似ていても、根本的な考え方の違いを感じるのですね。この制度を始めた頃、どのような反応がありましたか。
谷田 私たちの取り組みについて書いた『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版)を出版したときの反応で、他社の経営者から「(残業時間の削減とか)面倒臭いことを言われるようになったよね」「うちも残業(時間)をちゃんとみないとなあ」といった声が結構ありました。
私たちは、より働きがいのある会社を目指す意味で、時間にとらわれない働き方を提示したつもりでしたが、そう発想しない会社もあるのだと気付かされました。今は「まず時間をきちんと計りましょう。守れないブラック企業は早めに退場していただき、まともなホワイト企業の皆さんでその次のステージを考えていきましょう」と考えています。
白河 労働時間についてはご意見が変わったのですね。
谷田 はい。以前は偉そうに「働き方改革は時間の規制じゃない。量より質だよ」と言っていましたが、「いや、まずは量(を適切に)で合っていました」となりました。働き方改革を進める制度は包丁のように、本来は非常に有益な道具ですが、そうでない使い方もできます。やはり前提となる価値観が非常に重要なのだと思います。
もう1つ、意図が伝わりにくいと感じてきたのが、教育面での効用です。アップルが(iPodなどで)採用した「鏡面磨き」のような評価される技術というのは、「1日8時間まで」といった枠の中では生まれにくいのではないでしょうか。技術の習得は時間がかかるものですから。その仕組みを否定する制度になってしまったら、新卒採用から人を育てる教育のあり方、技術の伝承が崩壊してしまう恐れがあります。
個人事業主の制度はリスク対策の側面も
白河 自分の得意分野のスキルを様々な機会でしっかり磨いていきたい若手社員にとっては、個人事業主の仕組みはいいですよね。すでに終身雇用が成立しにくい時代であることを知っている若い世代は、「この会社でずっと働くことはできないかもしれない」と肌感覚で理解しているので、「キャリア自律」の手段としてこの制度をうまく活用していく人も多いのではないでしょうか。
谷田 おっしゃるとおりだと思います。一方で、「仕事は自動的に会社からもらえるもの」という考えで定年近くまで勤めてきた人が、いきなり個人事業主になっても、営業活動さえ十分にできませんよね。だから、その手前の段階で早めにトレーニングをするつもりで、この制度を使ってほしいと思っています。最初は営業に不慣れでも、2年目くらいから仕事を取ってきますし、値付けの感覚も磨かれてくるんですよ。軌道に乗るまでは営業支援もしています。
白河 この制度は、社員から個人事業主になったメンバーと、まず3年間は業務委託契約を結んで仕事を確保しています。それだけでなく他とも仕事ができるようにかなり支援もしているのですね。
谷田 独立支援のつもりでやっています。そうやって稼げる個人事業主になっていただけることが、お互いにWin-Winになると思っているので。能力を他社にも発揮した結果、転職してしまった方もいます。だからといって関係を切るわけでもなく、先方の企業が容認する限りは業務委託の関係を細々とでも続けようと声をかけています。
白河 そういうケースもまれにあるのですね。でも、もともとの狙いとしては御社における働きがいや組織活性化ですよね。
谷田 そうです。先ほどお話ししたような、やりがいと主体性ある働き方の創出です。業績が悪くなった時でも優秀な人材が辞めていかず、能力を発揮してくれるにはどうしたらいいだろうかと考えてのリスク対策でもあります。
副業という考え方については、私はそもそも「副」と名付ける時点で違和感を抱きます。「仕事は仕事で、どっちが主でどっちが副かという違いはない。うちの仕事以外の仕事を『副業』と呼ぶなんて失礼だろう」と感じるのです。個人事業主になったメンバーにも「他社からいただいた仕事もうちの仕事と同じくらい大切に考えてください」と伝えています。
若手社員の反応がいい
白河 わざわざ副業解禁としなくても、他社からも自由に仕事を受けられる個人事業主の制度があれば十分だと考えたというわけですね。
実際に個人事業主に切り替えた方は何人くらいになったんですか。
谷田 5期目で、現在、契約しているのは31人です。毎年1月から始めています。1月にしたのは確定申告の関係ですね。
白河 年齢や性別の傾向はいかがでしょうか。
谷田 男女比は社員構成とほぼ同じで7対3ですね。年齢層も職種もそれほど偏りはありませんが、興味を持ってくれるのは若手が多いようです。初年度に手を挙げたのは8人です。不安の中でのスタートだったと思うのですが、5年続いている状況を見て「ちゃんと制度として回っているんだな」「これからも根付く制度になりそうだね」という認識が広がってきていますね。
後編では、会社としてのメリットや現状などについて、引き続き谷田社長に聞く。
相模女子大学大学院特任教授、昭和女子大学客員教授。東京生まれ、慶応義塾大学文学部卒業。商社、証券会社勤務などを経て2000年ごろから執筆生活に入る。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員、内閣府男女共同局「男女共同参画会議 重点方針専門調査会」委員などを務める。著書に「働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋」(PHP新書)、「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)など。
(文:宮本恵理子)
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