経営をなんとか安定させたい、若い社員に夢を与えたいと願う社長の気持ちに寄り添いながら、それを牛角という店でどう実現していくのかを長い長い手紙にしたためるのです。その手紙を読んで「心が動いた」と言ってくれる社長さんがどんどん増え、2年で100社以上の契約獲得に成功しました。

功績が認められ28歳で、ベンチャー・リンクの子会社の社長に就任しました。豆腐や豆腐を使った総菜、お菓子などを扱う「三代目茂蔵」です。おいしい豆腐を手間ひまかけて作り1丁200円で売りたくても、スーパーでの価格競争では負けてしまう。そんな悩みを持つ豆腐メーカーと、顧客減少に苦しむ街の酒屋をつないでフランチャイズ展開しました。店舗は順調に増えブランド認知度も高まりましたが、想定以上に運送コストがかかり赤字だったので、別の子会社を作り、合わせて黒字化する計画を立てました。そうしてスタートした会社が「生産者直売のれん会」です。地方にはやはり、質の高い商品を持ちながら販路がないために買いたたかれてしまう食品メーカーが少なくありません。そうしたメーカーが自社の商品を適正価格で売れる共同の直売所のような売り場を作ろうと考えたのです。

3年後、親会社のベンチャー・リンクが倒産。MBO(経営陣が参加する買収)で独立する。

僕の人生計画では、30歳をめどに寺子屋のような塾を設立するつもりだったのですが、親会社の倒産という事態に遭遇し、父のことが頭をよぎりました。自分が守ると決めた従業員は何がなんでも守るという覚悟で危機を乗り切った父を見ていましたから、僕も一緒に頑張ってきたメンバーを見捨てることはできないなと。塾の夢はペンディングし、彼らと僕とで生産者直売のれん会の株をベンチャー・リングから買いとることにしました。決死の覚悟でした。当初の3年は売り上げが4億~5億円で赤字続きでしたが、駅ナカの1坪ショップ商法が当たり、4年目は一気に23億円に増えて黒字化しました。まさに「火事場のばか力」です。

取引先を増やすのに、慶応OBが力になってくれたのも有り難かったです。特に当社がある台東区浅草かいわいの老舗の経営者には慶応OBが多く、台東三田会のネットワークが強いのです。敷居の高そうな老舗企業であっても、慶応卒というだけで気軽に話を聞いてくれ、一緒にコラボレーションをする話に発展することもあります。在学中は大して友だちもいませんでしたが、卒業して20年たって慶応に行ってよかったと感じています。

コロナ禍では大打撃を受けました。駅ナカで売りたくても駅に人が集まらないのですから、月商は3億円から一時3千万円にまで激減しました。僕らが売っている「各地の隠れた逸品」はまさに不要不急のもの。でも裏を返せば不要不急でなければ高付加価値化はできないのです。素晴らしい商品=「種」はあるのに豊かな「土壌」だった駅ナカがコロナで砂漠になってしまった。

でも種は生きているのです。新たな土壌さえ見つかれば必ず復活できるはず。そう信じて、家族のために買ってかえる「おうち土産」という新しいコンセプトを打ち出したり、店同士のコラボをしかけたりとメンバー全員で奮闘した結果、売り上げはかつての80%の水準にまで戻りました。これからさらに伸びると見込んでいます。塾をやりたいという気持ちは消えてはいませんが、メンバーがどんどん成長していく姿を見るのはうれしいものです。最近、これも一種の教育事業だなと感じています。

(ライター 石臥薫子)

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