サントリー「完璧」ビール 仕掛け人は育休明け33歳

2021年4月に発売された「パーフェクトサントリービール」は、本格派ビールの味わいや飲みごたえと糖質ゼロを実現した新商品だ。食事との組み合わせを気にせず飲めて、満足感も得られるビールとしてヒットしているこの商品は、どのように生まれたのだろうか。パーフェクトサントリービールの商品開発やマーケティングを手掛けるブランドマネージャーの稲垣亜梨沙(33歳)さんに、発売までのストーリーを聞いた。
ビールを飲んでいるときを最高の時間にしたい
パーフェクトサントリービールは、酒税法上ビールとして定められている量の麦芽を使用しながら、糖質ゼロを実現したビール。スタンダードビールとして王道の味わいであるアルコール度数5.5%で、力強い飲みごたえが特徴だ。機能系ビールの新商品としてはかなりのハイペースといえる発売後2週間で2500万本(350ml缶)を売り上げるヒット商品となった。
サントリーが糖質ゼロビールの開発を始めたのは5年前。開発への思いについて、サントリービール マーケティング本部で、パーフェクトサントリービールのブランドマネージャーを務める稲垣亜梨沙さんはこう語る。
「きっかけは、この商品の開発を担当したビールを愛する若手醸造家(ビールの醸造を担う社員)の思いから。心の底から楽しんで飲めるビールをつくりたいと、糖質ゼロビールという課題にチャレンジしました」と稲垣さん。大好きなビールを飲みたいと思っても、体のことが気になって、こんな時間に飲んだら太るのでは? という不安が、ビールを楽しむ気持ちを邪魔しているのではないかという課題意識を持っていたという。
「体を気にする人が、そうしたモヤモヤした気持ちを払拭して、ビールを飲む時間を最高の時間として提供したいという思いから、糖質ゼロビールの開発が始まったんです」

麦芽量を保ちつつ糖質ゼロを実現する苦労
発泡酒や新ジャンルでは既に、糖質ゼロの商品は多くラインアップされている。ただ、発泡酒や新ジャンルよりも麦を多く使用するビールでは、糖質ゼロを実現するのはかなり難しいと稲垣さんは言う。例えば、同じサントリーのビールである「ザ・モルツ」の場合、糖質は100ml当たり3.3gある。
「酒税法で、ビールは麦芽を50%以上使うことを決められています。麦芽の量が多いと当然糖質も多くなります。薄めれば糖質ゼロには近づきますが、味が物足りなくなり、アルコール度数も落ちます。しっかり麦の味が味わえて満足感がある飲みごたえと糖質ゼロを両立するのが難しく、開発に5年がかかりました」
商品化までには試行錯誤を繰り返し、試験醸造の回数は異例ともいえる300回以上に及んだという。
ビール好きを満足させる味を追求
糖質ゼロを実現すると同時に、とにかく味にこだわったと稲垣さんは言う。その背景にあったのは、ビール好きなユーザーが持つ潜在意識だ。
「パーフェクトサントリービールの想定顧客は、すべてのビール好きの方。普段からビールを好んで飲むからこそ、ビールの糖質が気になるという人です。ビール好きな方は、発泡酒や新ジャンルも飲んでいるけれど、ビールだけが限られた原材料や製法でつくられている本物で、味わいもしっかりとしておいしい』という意識を持っていることが調査から分かりました。だからこそ、ビールで糖質ゼロだということに価値があると信じて、その味にこだわって開発を続けました」
開発中もユーザーへの調査を重ね、その評価を商品に反映した。改良を重ねて、2019年には顧客に提供できるレベルの味が実現できたとして、一部の飲食店において樽生の糖質ゼロビールをテスト販売。味への評価は十分に高かったが、さらなるおいしさにこだわって改良を続けた。
そんな中、2020年10月に酒税が改正された。ビールの減税によって店頭価格が下がったことで、ビールの売り上げが前年超えを記録。ビールに注目が集まる一方で、コロナ禍に入り、健康に配慮した商品を日常の中で無理なく取り入れていこうという社会のマインドが高まった。酒税改正と健康意識という2つの追い風が吹く中、2021年4月に発売することが決まった。
勝負をかけた「パーフェクトな」ビール
新商品のネーミングにも、味へのこだわりや商品への本気度が込められている。「サントリーのスタンダードビールの新しい定番となるべく勝負をかけた」というこの商品の名前を決めるため、社内公募も行われた。商品名は、社名を冠した「パーフェクトサントリービール」に決定。このネーミングには、「サントリーが考えるこれからの時代のパーフェクト」という思いが込められているという。
「第一に、おいしいのは当たり前。そしてこれからの時代には、体のことも気遣えるのが当たり前になってくる。そんな『ビールど真ん中のおいしさ』と、『体のことを気遣いたい』というニーズに応える機能を両立できたという自信から、パーフェクトサントリービールと名付けました」と稲垣さん。パッケージデザインは、機能系ビール類に多いヘルシーなイメージの白色や緑色をあしらったものも検討されたが、「中身の完成度に対してパッケージデザインがライト過ぎる」という意見から、品質や本格感に見合ったビールらしいデザインへと舵(かじ)を切る。紺と金というカラーリングの堂々としたデザインが採用された。

さまざまな人が関わる新商品開発 チーム力を上げる工夫
2010年入社の稲垣さんはこれまで、ノンアルコール飲料や新ジャンルなどの商品開発やマーケティングを担当してきた。2度目の育児休業から復職するタイミングで、パーフェクトサントリービールのブランドマネージャーに着任。過去に商品開発を手掛けた経験から身に付いたユーザーの潜在的ニーズを読み取るノウハウや、機能系商品の訴求方法などを、今回のマーケティングにも役立てたという。
商品に関わるさまざまな関係部署をまとめ、ブランドを引っ張っていく立場として意識しているのは、「相手への敬意と、自分の意思を持つこと」と稲垣さん。
「1つのブランド、製品というのは醸造家やデザイナー、宣伝、広報など多くの専門家の力で成り立っていますので、チームメンバーに対する敬意は常に持っていますね。一方で、さまざまな部門のこだわりの間で板挟みになることもあります。調整する立場になったとき、大切なのは自分の意思を強く持つこと。その上で粘り強く気持ちを伝えていくことで、納得してもらえることは多いんです」
稲垣さんは、「商品のことを一番考えて前に進めていくのがブランドマネージャーの役割」だと言う。「ブランドの真ん中にいる人間として、誰よりも商品のことを考える存在であることは意識していますね」
開発に関わる社員たちの年代や、セクションごとの文化もさまざまだ。開発チームをまとめる中で、それぞれの人材に合ったコミュニケーションも意識している。
「相談の仕方も、相手によってコミュニケーションを変えています。この人はここまで規定した上で相談したほうが仕事を進めやすいタイプだとか、この人は、抽象的な議論の段階から一緒にディスカッションしたほうがアイデアの幅を狭めなくていいなど、その人に合った密なコミュニケーションを心掛けていますが、まだ精進中です」
(文 川辺美希、取材・構成 加藤京子=日経xwoman doors、写真 鈴木愛子)
[日経xwoman 2021年6月16日付の掲載記事を基に再構成]
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