愛着の問題で片づけられがち 自閉症の子どもの子育て発達障害クリニック附属発達研究所所長 神尾陽子(6)

2021/7/1

「研究室」に行ってみた。

ナショナルジオグラフィック日本版

文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回は「自閉症」について、発達障害クリニック附属発達研究所の所長で児童精神科医の神尾陽子さんに聞くシリーズを転載します。なかなかイメージしにくい「自閉症」について、神尾さんは科学的なエビデンスによってその実態を明らかにしてきました。治療のみならず支援の環境作りにも奔走してきた神尾さんの姿勢からは、より生きやすい社会になるように、という強い願いが伝わってきます。

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日常的にそこにある自閉スペクトラム症について伺うところから始まって、そのスペクトラムたる所以の頻度分布について教えてもらった。さらに、サブクリニカル、診断閾下という、人口の10パーセントくらいはいそうな集団についても早期の把握と対策が大切だという話にも至った。それぞれを知ること自体が社会的な改善の第一歩につながることで、うまく伝わればよいと願う。

最後の話題として、これまでのすべてのお話の中に通底し、折に触れて何度も繰り返された大きな問題を再度取り上げたい。話は、神尾さんのキャリア初期、京都時代にさかのぼる。

「1990年代ですが、京都の児童福祉センターという行政のクリニックにいたときに、自閉症児が通う施設を巡回して訪ねました。そこで、抱っこ療法なんていうのを本当に一生懸命やっているのを見て、『何だこれは』って思ったのを今でも思い出します。そのときに先輩の先生と一緒に、70年代からイギリスでどういうふうにして認知研究が進み、自閉症の理解が変わってきたか勉強会をしていたんですが、全然やっていることが違うんですよね。それがちょっと衝撃的で」

自閉症の原因は母親の愛情が足りないからなので、たくさんの時間、抱っこしましょうという療法は、90年代にはすでに効果がないことがはっきりしていた。実証主義の国イギリスでは、有効性がとっくに否定されて、有害性すら疑われている中、日本では堂々と抱っこ療法が生き残っていたというのである。

「1960年代のアメリカなどでは、育て方が悪いという仮説に基づいて治療されて、その結果、一切のスキルを身につけることなく自閉症の子どもたちが大人になって、最悪、精神病院に入ったまま一生過ごすようなこともありました。私たちはそれを踏まえなきゃいけないんですけれども、育児ってやっぱり文化とか価値観とか、地域によっても家族によっても違うので、科学的なエビデンスがこうだって言っても、体の病気のようにはなかなか定着しません。いまだに愛着が大事、抱っこするのが大事という考えはあります。わりとそういうのがいろんなとこに残ってるんですね。そのために親がすごく苦しむことも、いまだにあるんです」

また、この問題は微妙に位相を変えつつ、新たな文脈でさらに深まっているかもしれない。おそらくこの方面の話題に関心があるなら、誰もが聞いたことがあるであろう「愛着障害」だ。これも子どもが養育者にたいする愛着(アタッチッメント)を形成するのに失敗していることから、対人関係が不器用になったり心が不安定になったりすることを指す。

神尾さんは、この言葉について「辟易している」と強い言葉で語った。

「だって、診断閾下の人が、結構、愛着障害だって診断されてしまうんです。自閉スペクトラム症の診断がつかないけれど、対人関係やコミュニケーションに問題があるとき、日本ではそういう診断になることが多いんです。これ、以前の『愛情が足りない』説と同じになってしまいますよね。でも、実際は、愛着障害って診断は定義上、ネグレクトを受けたり、養育者がコロコロ変わったりした場合という条件がつくんです。これって、児童精神科医が一生の中で一度も出会わないことだってあるというくらいのものです」