幾千もの言葉を1つのビジュアルで表現してくれた

これまでに『母の記憶に』を原作とした『Beautiful Dreamer』(16年)、『リアル・アーティスト』を原作とする『Real Artists』(17年)などが映像化されているケン・リュウ氏。日本のチームとのタッグを経験し、どのような感想を持ったのか。

「まず、監督がスタッフのことをとても気遣っている点が印象的でした。また、様々な面でディテールを重んじ、細かいところまでケアをしていく姿勢に感心しましたね。例を1つ挙げると、脚本の英語翻訳です。私はアジアやヨーロッパなど英語圏以外の人たちと仕事をしたことがありますが、正直、脚本の英語翻訳が、あまり良くなかったんです。必ずロスト・イン・トランスレーションなところが出てきて、『うーん、これはどういう意味なんだろう?』と頭を抱えました。今回は、それが一切ない素晴らしい翻訳で、『きっと、関わっているみなさんが、真剣に取り組んでいるんだ』と感じることができました」

脚本が完成した後は、基本的に石川監督にすべてを託したケン・リュウ氏。撮影・編集された完成作について感想を聞くと、原作となった小説には描かれていない、ストリングス(弦)を使ってからくり人形のように行われる「ボディワークス」のシーンを例に語り始めた。

「死せる者と、生きる者。ボディワークスのシーンでは、両者の間を何百というストリングスがつないでいて、生と死をつなぐ糸のように感じられました。そして、その動きはダンスのよう。完成したボディワークスは彫刻のように美しく、驚きました。

現代の世界では、生と死は完全に別のものと思われています。でも生者と死者には幾千ものつながりがあり、未来と過去をつないでいる。まるで永遠に続く鎖のように。私が何千もの言葉を尽くしてもなかなか表現できないこの概念を、石川監督はボディワークスのたった1つのビジュアルで見せてくれました。ほかにも、石川監督のストーリーテリングには息を飲むような美しさがあり、たくさん驚かされ、深く心を動かされました」

映画で「ボディワークス」はストリングスを使ってからくり人形のように行われる。この演出にケン・リュウ氏は「深く心を動かされた」という

注目しているのは、ヴァーチャルリアリティー

経済格差が広がり、環境問題は深刻化。さらにパンデミックが世界を一変させた現代。『Arc アーク』も新型コロナウイルス禍が収束する前の公開となるが、この困難な状況下で、エンターテインメントはどのような役割を果たすと考えているのか。

「映画であれ、ドラマであれ、神話であれ。人間が『世界ってこういうものなんだな』と理解して、大事なものは何かを見極めていくための1つの手立てが、エンターテインメントであり、ストーリーテリングだと思っています。今、この激変した世界のなかでも、ストーリーテリングは、そのような役割を果たすものだと信じています」

『三体』がNetflixでドラマ化が決定し、日本ではSF小説の古典を映画化した『夏への扉-キミのいる未来へ-』が公開される。コロナ禍が一気に広がった昨年には、50年前にパンデミックを描いた小松左京の小説『復活の日』(1964年)が話題になるなど、SFへの注目度が高まりつつある。次に書きたいSFは、どんなものなのか。

「次の題材として興味を持っているのは、ヴァーチャルリアリティー(VR)です。私が生きてきたなかで初めて生まれた、新しいメディアがVR。これからのストーリーテリングのあり方を変えるものになると思うので、VRという技術自体と、VRを使ったストーリー表現の両方に興味があり、リサーチを重ねているところです。

映画は、映画というメディアを通して、どんなストーリーが語られるべきなのか、どうやって語るべきなのかという試行錯誤を経て、今があると思うんです。VRはまさに今、『どんなストーリーが語られるべきか』を模索しているとき。そこに関わりながら、また新しく、興味深い作品を生み出していきたいですね」

ケン・リュウ
写真:Li Yibo (李一博)
1976年生まれ、中華人民共和国甘粛省生まれ。2002年、短編『Carthaginian Rose』で作家デビュー。11年に発表した短編『紙の動物園』で、ヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学大賞を受賞し、史上初の3冠に輝く。その後も精力的に短編を発表するかたわら、劉慈欣『三体』など中国SFの英語翻訳も積極的に手掛けている。弁護士、プログラマーとしての顔も持つ。
Arc アーク
(c)2021映画『Arc』製作委員会
そう遠くない未来。エターニティ社では、在りし日の姿を留める「ボディワークス」の製作を行っていた。場末のナイトクラブでダンサーをしていた19歳のリナは、ある日、ボディワークスの第一人者・エマと出会う。リナはやがてエマの後継者となり、30歳のときにエマの弟・天音と結婚。天音が開発した不老不死の施術を受けて、永遠の命を得るのだが…。監督・石川慶 脚本・石川慶、澤井香織 原作・ケン・リュウ『円弧(アーク)』(ハヤカワ文庫刊『もののあはれ ケン・リュウ短篇傑作集2』より) 出演・芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫 6月25日(金)全国ロードショー ワーナー・ブラザース映画配給

(ライター 泊貴洋)

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