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「研究室」に行ってみた。

自閉症は「早期対応が命」 病院の外で見つけた最適解発達障害クリニック附属発達研究所所長 神尾陽子(3)

2021/6/21

「研究室」に行ってみた。

ナショナルジオグラフィック日本版

国立精神・神経医療研究センターの責任者を務めたのち、現在は発達障害クリニック附属発達研究所を主宰する神尾陽子さん。
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回は「自閉症」について、発達障害クリニック附属発達研究所の所長で児童精神科医の神尾陽子さんに聞くシリーズを転載します。なかなかイメージしにくい「自閉症」について、神尾さんは科学的なエビデンスによってその実態を明らかにしてきました。治療のみならず支援の環境作りにも奔走してきた神尾さんの姿勢からは、より生きやすい社会になるように、という強い願いが伝わってきます。

◇  ◇  ◇

発達障害クリニック附属発達研究所を主宰する神尾陽子さんが、児童精神科の医師として、また研究者として活動してきた1990年代から21世紀の今に至るまで、「自閉症」の概念や診断や治療や支援をめぐって大きな変化があった。

神尾さんの個人史は、まさにその変化の中にあり、みずからその変化に貢献する部分もあった。だから、ここからしばし、神尾さんがいかにこの分野に関わってきたのか聞いていこう。その中で、自閉スペクトラム症についての理解がより立体的になるのではないかと期待する。

まず、神尾さんは、どのようにして「自閉症」の問題にかかわることになったのだろうか。数ある診療科の中から児童精神科を選び、なぜ自閉症をめぐる問題に惹きつけられていったのだろう。

「私が自閉症だからかもしれません」

神尾さんは、笑いながら言った。

「きっと、どこかにそういうところがあるんじゃないでしょうかね」と付け加えた。

ぼくも笑いながら、その真意を考えた。

この対話のために自閉スペクトラム症にまつわる本を読んだり、神尾さんの話を聞く中で、ぼくが常に感じるのは、紹介される事例への共感だ。対人コミュニケーションがうまくいかなかったり、変なこだわりがあったりして生きづらかったり、といったことは、濃淡の差はあれ多くの人の中にもあるだろう。 だから、ぼくも、自閉症的な特性について説明を受けつつ、「これは自分にも当てはまる」と感じることはしょっちゅうだった。研究者はより深くの自閉症の世界にかかわるわけだから、自分の中にある似た要素を強く感じて惹きつけられるということもあるのではないだろうか。

「私がそもそも医学部に行こうと思った背景は、高校生の時に、脳や心に関する本を読んで、すごく面白かったというのがあります。こういった研究をどこでやれるかというと、心理学かな、医学部かなと思ったけど、当時、『女性研究者の今』とかいう連載が新聞にあって、女性研究者は、男性の後輩がどんどん偉くなっても本人はアシスタントのままだなんて書いてありました。これじゃ、やっぱり資格がないとまずいかなと医学部に入って、最初の関心のまま、精神科に行きました。精神科、特に子どもっていうのはまだ全然研究されていなかったから、これだったら何かちょっと変えられるかもしれないし、面白いことができるかもしれないと思って。その選択は一度も後悔したことはないです」

大学を卒業し、大学病院や総合病院での研修の後、京都の自治体の診療所での臨床の実務にあたる。診断をして治療する中で、神尾さんの心を捉えたのは、自閉症の子どもたちの認知の問題だ。診断は行動を見て行うものだが、その背景には認知の問題がよこたわっている。

「自閉症の子が特有の行動をする時に、認知がどうなっているか調べれば、情報処理の流れの中でどこがうまくいっていなくて、捉えられていないからこういう特徴的な行動になるんじゃないかと、わりと対策につながるような仮説を立てられるんです。認知研究は当時の最先端でしたし、対策につながる仮説を立てられるのが魅力的でした」

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