
すてきな歌手でもあるし、「うたのおねえさん」として活躍もされていて、ずっと歌われている『ぼよよん行進曲』は僕が大好きな曲です。どんな大変なことが起きても、君の足には丈夫な「ばね」が付いているから高く跳べるんだ、という歌詞にも勇気づけられます。今のコロナ禍の状況もあって、『ぼよよん行進曲』をゲスト全員で歌えたのはすごくよかったと思っています。この曲をミュージカル俳優がみんなで歌って踊っている絵が新鮮だし、すてきで感動的だなと思いました。配信を見てくださった方からは、子どもと一緒に踊りました、という声もたくさんいただき、それもよかったなと。ミュージカルファンは大人の方が多いですが、お子さんと一緒に楽しめるようなコーナーがあってもいいんじゃないかと以前から思っていたので、それが実現できてうれしかったです。
『ぼよよん行進曲』も『ALONE』もミュージカルナンバーではないので、異色なのですが、そういう曲を歌えたのもはいださんと加藤君がいたから。新しい風をもたらしてくれた2人でした。
最後のゲストコーナーは島田歌穂さんと海宝直人君。3人で『レ・ミゼラブル』のメドレーを歌いました。2人は正統派ミュージカル俳優だし、『レ・ミゼ』のキャストでもあったので、それしかないだろうと。曲選びにあたっては、僕が譜面を見ながら、歌穂さんがエポニーヌ、海宝君がマリウスとして絡めて、僕が役を替わりながら歌えるパートをピックアップして、大貫さんにつないでもらいました。僕が構成した渾身のメドレーなのですが、2人に見せたら、こんなところを歌うとは思わなかった、と。もっと有名なナンバーもあるのに、マニアックな場所を選んでしまったみたいですが、だからこそ『レ・ミゼ』やミュージカルのファンの方々に喜んでもらえたと思います。2人はさすが本物という貫禄で、僕もいろんな役として歌えて楽しかったですね。
海宝君とデュエットしたのは『ウィキッド』から『フォー・グッド』。すごく深い友情を歌った曲です。僕との関係がそういうふうになっていけたらいいなという気持ちを込めて選んだと言ってくれたので、距離がまた縮まったように感じられて、うれしい言葉でした。
歌穂さんとは『アニーよ銃を取れ』から『エニシング・ユー・キャン・ドゥ』を歌いました。なかなか歌われる機会がないデュエットソングで、僕も初めて歌ったのですが、お芝居仕立ての掛け合いが続く、これぞミュージカルのデュエットというような楽しいナンバーです。歌穂さんはアニーの役をやったことがあるので、素晴らしい歌を披露してくれたし、日本語の歌詞を苦労して探してきてもくれて、歌穂さんがいたからこそできたデュエットです。
ゲストのみんなは、本当に盛り上げようという気持ちで来てくれたのが、ありがたかったですね。本来ならゲストのソロがあったり、それぞれが前に出るデュエットがあったりしたのですが、時間の都合で全部できなかったなか、本当に気持ちで出てくれたことには深く感謝しています。
第2部の最後は僕がソロで3曲歌い、フィナーレは全員で『ルドルフ~ザ・ラスト・キス~』から『明日への階段』を歌って、5時間のコンサートが終わりました。
お客さまの期待以上のものを、と頑張った5時間
最後のトークでは、前日あまり寝られなくて、やっぱりお客さまの前でできなかったのは悔しいと思った、という話をしました。前日は入念にリハーサルをして、早く準備をして寝たのですが、本当に浅い眠りしかなくて、ずっと頭が回っているみたいな感じでした。僕にしては珍しいことなので、緊張しているのかな、とか思い巡らせていたら、やっぱり自分は悔しいんだな、と。もちろん、人の命が一番大事なのは分かっているし、そのために自分たちができることを粛々とやろうという気持ちでやってきたけど、本当のところはお客さまの前でやりたかったし、拍手や笑い声を体で感じたかった。それだけは、伝えておこうと思いました。ただ、最初に言うと、寝られなかったのに4時間も大丈夫なのか、と心配されるので(笑)、最後に言いました。
でも、やってみて分かったのは、確かに目の前にお客さまはいませんでしたが、盛り上がりはちゃんと感じました。ものすごい数の人が、同じ時間に同じライブを楽しんでくれているという思いが伝わってきたんです。歌い終わった後の拍手がないから、拍手間をどうしたらいいか分からないのが、いつもと違うくらいで、ほかはいつもの本番通りでしたね。力の限り歌わせてもらったし、楽しかったし、笑うところは笑ったし。そういう意味では今できるベスト、いやそれ以上のことをやらせてもらったと思います。
公演が中止になって一番心配だったのは、スタッフやミュージシャン、出演者らの仕事が急になくなってしまうことの影響です。ライブ配信をしたからといって、それを全部補えるわけではありませんが、救いにはなります。きっとお客さまも、それを含めて大勢が応援してくれたと思うんです。だからこそ自分たちはその思いに応えて、期待以上のものを、と頑張ってやったので、それが少しでも報われていたら幸せです。
ライブが終わって、関係してくれたみんながすごくいい顔をしていたのが印象的で、なによりうれしいことです。今の現状の中でできる最善を自分たちは尽くしたという誇りと、やりきった充実感に満ちた時間でした。


(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第94回は6月5日(土)の予定です。