「隠れドライアイ」コロナで増加 涙が減り睡眠障害も
ストレス解消のルール
新型コロナで環境が一変する中、眼科医に駆け込む患者も増えているようだ。中でも問題なのが、目の不調を感じない「隠れドライアイ」だ。いつの間にか「睡眠障害」「うつ症状の悪化」などにつながっている危険もあるという。健康ジャーナリスト結城未来が慶應義塾大学医学部特任准教授で、おおたけ眼科つきみ野医院(神奈川県大和市)の綾木雅彦院長にコロナ禍で急増する新たな症状の正体について聞いた。
「敏感なドライアイ」と「鈍感なドライアイ」
私事で恐縮だが、このところ目がつらい。あくびをして涙が出ただけで「しみる」。「涙で目が痛い」のだ。
――綾木医師「それは、『敏感なドライアイ』になっているためですね」
「涙」は目のゴミを洗い流すだけでなく、目の表面を保護するバリアの役割も果たす。
そのため、涙が減ると目に傷がつきやすく疲れ目にもなりやすい。これが「ドライアイ症状」だ。このところよく聞く言葉ではあるが、涙が出ていても「ドライアイ」なのだろうか?
――綾木医師「そうです。角膜は、体内で神経が一番集まっている部位だと言われています。『敏感なドライアイ』は角膜が過敏になっている状態。それだけに、目の乾きだけでなく結城さんのように痛みまで感じやすくなるのです。でも、怖いのは鈍感なドライアイ『隠れドライアイ』ですね」
痛みに「鈍感」なら、つらくないような気がする。
――綾木医師「反対です。『ドライアイ』であることに気づかないために、他の疾病で悩み続けることになりかねません」
ドライアイ、睡眠障害、気分障害のトライアングル?
「涙の減少」で目の不調以外に引き起こされるものがあるのだろうか?
――綾木医師「目の障害が自律神経に悪影響を及ぼすことも少なくありません。『ドライアイ』『睡眠障害』『うつなどの気分障害』には相関関係があると考えられます。眼科医の世界では『ドライアイ患者にはうつ傾向がある』という先行研究があります。実際、6年前に1000人の眼病患者に対して実施した私の研究では、緑内障・白内障・結膜炎・網膜疾患などの代表的な眼疾患と比較して、ドライアイ患者には睡眠障害やうつ・不安などの気分障害が多く見られることが分かっています。
ドライアイが重症だと睡眠障害も重い傾向があります。つまり、患者本人が自分のドライアイを自覚していない『隠れドライアイ』では、いつの間にか睡眠障害やうつ症状の悪化を招いている危険があるのです」
「睡眠障害」と「うつなどの気分障害」が密接な関係にあることは以前より知られていたが、「ドライアイ」と「睡眠障害」「うつなどの気分障害」にも関わりがあることに気づいている人は、そう多くはないだろう。
――綾木医師「そうなんです。睡眠や精神面が『目と関わりがある』と気づく人はなかなかいないのが現状です。
メカニズムに関してはまだ研究途上ではありますが、このトライアングルには相関関係があるように思われます。逆に言うと、どれかの治療で他も改善する可能性が高いということです。
実際、ドライアイの治療で睡眠の質も改善された例は少なくありません。私の研究でも、初めてドライアイだと診断された患者のうち、3カ月以上の点眼治療で35%の患者の睡眠が改善し、50%の患者の気分障害が改善するというデータが出ています」
白内障の手術をすることで目に入る光が増えて体内リズムが整い、睡眠の質が向上することは知られている。しかし、ドライアイを改善することでも、睡眠や精神面での改善につながるとは驚きだ。
コロナ以降、目の乾きが進んだのはなぜ?
特にこのコロナ禍では、目の不調を訴える人も少なくないようだ。
――綾木医師「確実にドライアイの患者さんが急増していますね。私はこの5年間6000人の患者さんの目の乾き具合をデータ化していますが、コロナ禍の前後では『涙の量』が激変。コロナ禍以降、涙が平均13%減少し、目の保湿機能は平均23%減少していることが分かっています。涙と保湿機能の両方が正常で初めて目は潤いますので、『目の乾き具合の悪化』確定ですね」
原因はマスクだろうか?
――綾木医師「マスクのスキマから漏れる息が目を乾かしてしまうドライアイもあるでしょう。在宅勤務でのパソコン作業時間増加などによるまばたきの減少や目の疲れも原因のひとつ。さらに、環境の変化によるストレスで副交感神経の働きが低下し涙が減少するなど、コロナ禍で目が乾きやすくなる条件が増えているのは確かですね」
「目が乾きやすくなっている」ということは、「目が傷つきやすい」「きれいにすることができない」ということでもある。そのため、目が「ゴロゴロする」「かすみがち」「痛い」という典型的なドライアイ症状を招くことになる。自分でできる予防法はないのだろうか?
とても簡単! ドライアイ予防法
――綾木医師「効果的な方法が主に3つあります」
(1)「意識をして『まばたき』をする」=ワイパーのように目の表面のゴミを取り除き、涙で均一に目を潤わせる(「ドライアイや脳の働きも左右 まばたきの意外な役割」参照)
(2)つらくなったら「目を温める」=涙の蒸発を抑える脂分の分泌を改善し、目の潤いをキープする(「花粉症にドライアイ 目かゆくても冷却・水洗いはNG」参照)
(3)「20-20-20 ルール」=20分間目を使ったら20フィート(約6メートル)先を見て20秒目を休める
――綾木医師「『20-20-20 ルール』は、もともとアメリカの学会で提唱されてきた眼科医の世界では有名な疲れ目防止指導法です」
意識をすれば、この3つはすぐにでもできそうだ。
――綾木医師「『隠れドライアイ』も増えていますから、目に不調がなくても、普段から目のケアは心がけていただきたいですね。
もともと中高年女性に多い病気で、中高年の3分の1はドライアイ傾向があります。ところが最近では、男性や子供のドライアイも増加。もはや全国民がドライアイの危険にさらされていると言っても良いくらいですから」
「隠れドライアイ」は、どんな場合になりやすいのだろうか?
――綾木医師「長年、目の不調を放っておくと、誰でも『隠れドライアイ』に移行する危険があります。
発病当初や若い人は目が乾くと過敏になって『痛い』『乾く』と感じられますが、何年も続くと目の乾きも痛みも何も感じられなくなってしまうのです。ですから、痛みの自覚がない患者さんに『ドライアイですね』と診断すると、非常に驚かれます。でも、治療を進めていくうちに『目が楽になった』『自分がドライアイであることを初めて知った』『視界がクリアになった』という声とともに『体調もよくなった』と喜ぶ人も少なくありません。体調不良を感じたら、ドライアイの悪化も疑ってみてください」
どうやら、「目の乾き」による痛みを我慢することや目のケアに無頓着であることが「隠れドライアイ」の引き金になるようだ。
――綾木医師「ドライアイに関係するのは睡眠や気分障害にとどまりません。『肥満や糖尿病などの生活習慣病』もドライアイを悪化させる一因。運動をする人・しない人でもドライアイの発症率が違います」
体はつながっている、ということのようだ。
――綾木医師「『ドライアイ』と診断されたら、生活習慣を見直すサイン。逆に、体調に異変を感じたら、『隠れドライアイ』を疑って目の検査も受けてみてください。『目は健康のバロメーター』です」
そういえば、体調が良く健康だと、瞳は潤いきれいに見える。「ドライアイ」はさながら体からの「イエローカード」だ。
「目は健康のバロメーター」と心得て、毎朝鏡で顔をチェックした時に「瞳は潤っているか?」「見えづらくなっていないか?」「痛みがないか?」常に意識。「隠れドライアイ」にならないために、目の不調に敏感になることも大切な健康法なのかもしれない。
ルール1 目に乾きや痛みがなくても、「隠れドライアイ」の可能性あり。体や心の不調を感じたら、同時に涙の量が減っている可能性も疑うべし
ルール2 涙の分泌をスムーズにするために、まばたきをしたり目を温めたりして目のケアを心がけるべし
ルール3 疲れ目対策「20-20-20 ルール」を日ごろから心がけるべし
(イラスト 斎藤ひろこ[ヒロヒロスタジオ])
おおたけ眼科つきみ野医院院長、慶應義塾大学医学部眼科学教室特任准教授。1982年慶應義塾大学医学部卒業後、米国ハーバード大学医学部留学。昭和大学医学部眼科准教授、国立病院機構埼玉病院眼科医長、国際医療福祉大学三田病院眼科准教授などを経て、現職。医学博士(慶應義塾大学)、日本眼科学会認定眼科専門医・指導医、日本抗加齢医学会専門医・評議員、睡眠健康指導士、アメリカ眼科アカデミー国際会員。
エッセイスト・フリーアナウンサー。テレビ番組の司会やリポーターとして活躍。一方でインテリアコーディネーター、照明コンサルタント、色彩コーディネーターなどの資格を生かし、灯りナビゲーター、健康ジャーナリストとして講演会や執筆活動を実施している。農林水産省水産政策審議会特別委員でもある。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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