変わり天ぷら、200~300円台が充実 ワインと楽しむ
JRの有楽町駅と新橋駅の間の高架下に、2020年9月に開業した商業施設「日比谷OKUROJI(オクロジ)」。従来は、業務用の施設しかなかった場所で「路地」をテーマに開業した(「スイーツからバーまで 銀座の奥に大人のネオ秘密基地」参照)。約30店の飲食店や雑貨店などが集積しているが、コロナ禍にあっても、昼から行列が絶えない店がある。「天ぷらとワイン大塩」日比谷店だ。
店内は、カウンター主体で20席強。立ちそばくらいの大きさでしかないが、多くの客が訪れている。緊急事態宣言下は、午前11時から午後8時までの通し営業。ランチは午後2時までで、その後はフリーとなるが、平日の午後2時過ぎに行くと、まだ席待ち客が4~5人いた。店の小ささを勘案しても、都心で昼にこれだけ繁盛している店はなかなお目にかかれない。
10分ほど待ち、なんとかカウンターに潜り込む。まずは一杯だが、店のお薦めは、スペイン産スパークリングワインの「CAVA」。グラスで490円(税別、以下同)。店名が表現するように、この店は、天ぷらをおしゃれにワインと合わせられ、しかもリーズナブルなのだ。
天ぷらは、定番もあるが、少しひとひねりした「変わり天ぷら」が人気だ。
一番人気は「いくらカナッペ」(190円)。ノリを5センチ角ほどに切った物を2枚重ねて天ぷらにし、その上にイクラを乗せた単純な商品だが、これが前菜として秀逸。ワインやスパークリングにもよく合う。見ていると、ほぼすべての客がこのメニューを頼んでおり、客によっては、「お替わり」を注文する人もいるほどだ。
ここで同店の仕組みを解説しておくと、基本的に天ぷらはすべて一品から注文可能。「天ぷらおまかせ5品」(1000円)もあり、コース的に選んでいる客もいるが、単品で好きなものを注文している例が多い。それを揚げるたびにすし店のように、カウンター前に置いてある懐紙付きの皿に置いてくれる。高級天ぷら店でよくある形式だが、それを200~300円台のメニューでやってくれるのだ。テンションが上がるのは当然だろう。
店内で食事をしていて気づくのが、女性が多いことだ。訪店時、右隣は30代らしきカップル、左隣は、40代と思しきマダムの2人連れ。テーブルには女性客2人もいた。そのすべてが昼飲みをしているのだ。中でも左のマダムたちは、昼から赤ワインを開け、熱心におしゃべりをしながら、天ぷらとワインを消化していく。聞き耳を立てていると、「協力金が」とか「時短が」とか、素人とは思えない言葉が聞こえて来る。もしかすると、銀座周辺で飲食店を経営する本物の「マダム」かもしれない。
同店の人気の秘密は、「いくらカナッペ」のようなユニークな天ぷらが豊富なことに尽きる。
「アスパラ~パルミジャーノ~」(290円)は、アスパラガスを一本天ぷらにして、それをカウンターに置き、上からイタリア産のチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノを目の前でかけてくれる。古くからあるプレゼン手法だが、なぜか楽しくなる。そして飲んべえにうれしいのは、たっぷりかけてくれるので、アスパラを食べ終わったあとに残ったパルミジャーノをつまみにできることだ。セコくてすみません。
面白い料理は、枚挙にいとまがない。
「ナス~プロシュート~」(290円)という天ぷらもある。縦4分の1に切ったナスの天ぷらを生ハムで巻いたものだ。単純だが、意外とほかでは見たことがない。素揚げに近いナスに生ハムの塩味がよくマッチする。
「鱈(たら)~からすみ」(290円)もそうだ。旬のタラを半生風に軟らかく揚げ、そこにカラスミの粉末を掛けてある。こちらもカラスミの味が効いて、天つゆの必要がない。
気づくと、天つゆをこれまで全く使っていなかった。それぞれの料理が完結していて、わざわざ天つゆを使う必要がなかったのだ。中・高級のすし店は近年、こうした提供法をする店が増えているが、天つゆに頼らない天ぷらを提案しているところが同店人気の秘密だろう。
既にスパークリングと白赤のグラスワインを飲んで、いい気分だ。最後にシメのご飯に行きたいところ。ここでも同店は、ニクい仕掛けをしている。「玉天丼」(290円)というメニューだ。小ぶりなご飯茶わんに卵の半熟天ぷらをのせ、ミツバとノリを散らしている。お供の「あおさの味噌汁」はわずか100円。390円でおなかも心も満足な昼飲みができた。
そして最後に驚きが待っていた。5000円は超えるだろうなと思って会計をすると、なんと3360円(税込み)。一瞬計算間違いではないかと確認したが、間違いなかった。これはみなリピートするのは確実だろう。
同店の人気は、ランチのコスパの良さも影響している。こちらは変わり天ぷらはなく、オーソドックスな定食ばかりだが、メインの「穴子天定食」(890円)は、アナゴ半身にエビ、旬の魚、かしわ、チクワ、野菜3種が入ってこの値段。「お好み天定食」はエビ2尾、旬の魚、かしわ、チクワ、野菜3種が入って790円だ。日比谷・有力町かいわいでは、かなりお得な値付けとなっている。こうしたランチでの人気が昼飲みや夜営業へとつながっている。
「天ぷらとワイン大塩」の本拠地は大阪。大阪で4店を展開し、東京でも日比谷店のほかに中野にも店を持つ。創業者の大塩智史氏はもともとクラウドファンディング「セキュリテ」を運営するミュージックセキリティーズ出身。創作天ぷらの草分け的な存在である名古屋の「天ぷらとワイン小島」が「セキュリテ」を利用した時の担当者で、その収益性の高さに魅力を感じ、「小島」で修業後、16年に独立した。
システムやメニューは「小島」のものを取り入れた。「天ぷらとワイン大塩」の事業会社であるアゲル(大阪市)の取締役として「小島」代表の三野正樹氏を迎え入れ、一部出資も受けている。「小島」は、まだ東京進出を果たしていないが、「天ぷらとワイン大塩」がいち早く東京進出をしたわけだ。
こうした裏側は別として「天ぷらとワイン大塩」で過ごす時間は楽しい。気軽に天ぷらを楽しめる雰囲気があるからだ。
この10年ほど、天ぷらをよりカジュアルに楽しんでもらおうという意図から、カウンター主体の「天ぷら酒場」「天ぷらとシャンパン」というコンセプトで開業した店は結構ある。ただ、そうした店が比較的正統的なネタにこだわったため、いまひとつ特徴を出せなかった気がする。同店は王道を外れ、創作天ぷらに活路を見いだしたからこそ、飲んべえや女性客の心に刺さったのだろう。異業種出身だからできたことかもしれない。
ちなみに「天ぷらとワイン大塩」の日比谷店は予約不可。時間を外していくのが得策である。
(フードリンクニュース編集長 遠山敏之)
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