映画『カポネ』 苦悩の晩年、トム・ハーディが怪演
1931年に脱税の罪で有罪判決を受け、約10年の服役生活を終えたアル・カポネは、フロリダ州の大邸宅で家族や手下に囲まれて隠とん生活を送っていたものの、梅毒の影響で認知症を患い、病状は次第に悪化。一方、米連邦捜査局(FBI)は彼の隠し財産を探るため、盗聴や監視を続けていた――。
カポネはオールド映画ファンになじみ深い伝説のギャングだ。20年代、彼は禁酒法下のシカゴで酒の密造や、賭博場と売春宿の経営によって巨大な犯罪帝国を築き上げる。敵対する組織のメンバーを数多く殺したとされている。
30年代前半のハリウッドでギャング映画ブームを巻き起こすモデルとなり、その中の1本「暗黒街の顔役」(32年)は、83年にブライアン・デ・パルマ監督がアル・パチーノ主演で「スカーフェイス」として現代風にリメイク。またデ・パルマ監督は「アンタッチャブル」(87年)でもアル・カポネを登場させ、ロバート・デ・ニーロが頭髪をそり上げて貫禄たっぷりに演じた。
これまで映画に登場したカポネは「暗黒街の顔役」と恐れられるギャングだが、本作「カポネ」にその面影はない。ジョシュ・トランク監督は、伝説的な偉業とはかけ離れたカポネの晩年に興味を持ち、企画し、脚本を仕上げた。「すっかり変わり果てた姿で出所して、自分の帝国が影も形もなくなっていることを知るこの男のことが、僕はいつも気にかかっていた。ゆっくりとすべてを、愛する者たちの顔さえも忘れていく過程は、彼にとってひどく苦しいものだったに違いない」(監督)
監督は本作品を「アル・カポネの人生の最晩年を印象主義的に見る映画」と形容する。「日付や名前で行き詰まれば、その都度調べたけれど、普通行うようなリサーチをずいぶん省いた。チェックリストをつけて完璧に製作する伝記映画じゃない。これはあの時代と出来事の個人的な想像なんだ」
カポネを演じるのはトム・ハーディ。監督は彼を起用した理由を「生きている俳優で僕の1番のお気に入りなんだ。そのうえ、年齢もちょうどいいし、役柄は彼の得意分野と完璧に一致しているように思えた」と語る。プロデューサーの1人、ローレンス・ベンダーは「トムは役作りに没頭し、自分が演じる人物としっかりと心を通わせていた」と評価する。
ハーディは病魔にむしばまれていくカポネの姿を生々しく演じきった。しわがれたダミ声でわめき散らし、過去の幻影を見たり、悪夢にうなされたりする。現実との境目が分からなくなり奇行に走ったり、突然小便・大便を漏らしたりしてしまう。
ハーディはこう語る。「物語も主人公も何層にも重なって、込み入っている。ユーモアのセンスが織り込まれ、深い情感があり、複雑な主人公がいる。これは、いかに上手に僕がアル・カポネのまねができるかを見せる映画じゃない。いったんカメラが回りだしたら、僕には自由に選べる選択肢が用意されていた。選択肢はいくらかの事実に基づいてはいるけれど、必ずしも100%正確ではないんだ」
パチーノやデ・ニーロに負けないハーディの怪演を堪能したい。
(「日経エンタテインメント!」3月号の記事を再構成 文/相良智弘)
[日経MJ2021年3月5日付]
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