キューバの自然 経済の孤立がもたらした意外な恩恵
カリブの島々は、地球上でも特にユニークで多様な生物の宝庫だ。しかし、経済のグローバル化が進むにつれて、故意または偶然に持ち込まれた外来の動植物に侵食されている。多くの島では、こうした外来種によって在来種が完全に排除される可能性が指摘されている。
ところが、キューバは例外だ。半世紀以上前にフィデル・カストロが権力を握った後、貿易と観光が抑制されてきた。抑制が緩和されたのはここ10年か20年のことだ。カストロ政権下の経済的孤立はキューバの人々を苦しめたが、最新研究によると、この孤立のおかげで島が外来種から守られてきたという。
米国とキューバの科学者から成るチームがカリブ海に浮かぶ45の島を調査した結果、キューバはほかの小さな島々より外来の植物種が少ないことが判明、2021年2月8日付の学術誌「Frontiers in Ecology and the Environment」に論文が発表された。
「キューバが本当に特別な場所であることを示す有力な証拠」と、論文の著者で、米国ニューヨーク州にあるホバート・アンド・ウィリアム・スミス・カレッジの生態学者であるメーガン・ブラウン氏は述べている。
生態系のはみ出し者
ブラウン氏らはまず、カリブ諸島で問題となっている外来植物738種をリストにまとめた。例えば、半ツル性の植物クリプトステギア・マダガスカリエンシス(Cryptostegia madagascarienis)は繁殖力が強い。在来種を駆逐し、ときには樹木に巻き付くことで知られ、既にプエルトリコや米国領バージン諸島の海岸林に侵入している。
こうした外来植物が45島にどのように分布しているかを調べたところ、一般に、大きな島ほど外来種が多い傾向にあることがわかった。
ところが、キューバは例外だった。キューバに侵入している外来種の数は、面積が10分の1しかないプエルトリコと同等だった。キューバでは、地元の植物学者ラモナ・オビエド・プリエト氏も研究チームに加わって、大規模な調査が行われた。「外来種が見過ごされているだけ」という可能性は低いと、ブラウン氏は話す。
キューバでは、外来植物であるクリプトステギア・マダガスカリエンシスは見つかっていない。「ムラサキルーシャン」(Centratherum punctatum)と呼ばれる小さなハーブも同様だ。ムラサキルーシャンは短期間で広範囲に広がって、在来の植物から光や栄養を奪う。こちらもプエルトリコと米国領バージン諸島に入り込んでいるとブラウン氏は補足する。
研究の結果、キューバの植物のうち、在来種でないものはわずか13%だとわかった。ちなみに、プエルトリコとグランドケイマンでは約30%、ジャマイカとイスパニョーラ島では20%近くを外来種が占めている。
ほかの島に比べて、キューバでは外来種の侵入が少ない理由は何だろう。外来種の侵入に強い生態系など、いくつかの要因が考えられるが、キューバ革命後の経済体制が大きな役割を果たしているとブラウン氏は考えている。
1959年の革命後、フィデル・カストロが実権を握ると、米国が禁輸措置を発動したこともあり、キューバは他国との関係が薄れた。1991年、最大の貿易相手国だったソビエト連邦が崩壊すると、キューバの孤立は一時的に悪化する。
キューバの首都ハバナにある熱帯地理学研究所で外来種の研究に取り組むラファエル・ボロト・パエス氏は、外来種は開放経済の代償であり、キューバ特有の孤立はおそらく生態系の保護に役立っていると話す。ボロト・パエス氏は研究チームの一員で、爬虫(はちゅう)類と両生類に関しても、キューバは外来種が比較的少ないという研究成果を発表している。
ただ、研究チームは、カリブ海のほかの島々には見られず、キューバだけに存在する外来種(または外来種と思われる植物)も数十特定している。大部分がアジア、アフリカ、南北アメリカ原産の、いずれもキューバの貿易相手となる地域の植物だ。例を挙げると、米国でも観葉植物として人気が高い中米原産のテーブルヤシ(Chamaedorea elegans)、サボテンに似たサイウンカク(Euphorbia trigona)がその代表だ(サイウンカクは、野生ではうっそうとした茂みを形成する)。
政治と植物
「植生が、社会や政治、貿易の特色を形づくることがありますが、その逆も事実あるのです」とブラウン氏は話す。「政治は、現代の生態系に影響を及ぼしています」
ただし、プエルトリコ大学の植物生態学者ジェームズ・アッカーマン氏は、データが複雑に絡み合っているため、因果関係まで証明するのは一筋縄ではいかないと指摘する。アッカーマン氏は今回の研究に参加していない。例えば、あるデータによれば、プエルトリコでは外来種の侵入のほとんどが1960年代より前に起きている。1960年代にはすでに、プエルトリコは貿易船の主要な停泊地となっていた。
もしキューバも外来種の侵入経路が似ているとしたら、キューバに外来種が少ないことと、革命以降、国が孤立したこととは関係ない可能性もある。キューバへの外来種の侵入を時系列でマッピングできれば、そうした可能性を排除できるかもしれないとアッカーマン氏は付け加えた。
ブラウン氏らの論文では、外来植物の侵入が進む要因として観光を挙げる。貿易と観光のデータどちらも入手できた20のカリブの島では、侵入した外来植物の数は貿易データより観光者数と相関関係があった。
「グランドケイマン、セントトーマスといった観光客の出入りが多い島には、その地域の予想を何百倍も上回る外来種が生息しています」とブラウン氏は話す。
カリブ海を基準にすれば、キューバの観光産業は制限されていると言える。特に、キューバはクルーズ船をあまり受け入れない。クルーズ船の多くは米国フロリダ州の南部から出港し、フロリダ南部が外来植物の交差点になっている可能性が高い。
生態系に侵入する外来植物の一部は、観光客によってもたらされている可能性があるとブラウン氏は考えている。種子が靴に付着した状態で航空機やクルーズ船から降りる人もいれば、カリブ諸島の親類に渡すため、種子を意図的に持ち込む人もいる。しかし、多くは観光の副産物かもしれない。ホテルや別荘を飾り、熱帯の魅力的な雰囲気を演出するため、エキゾチックな観賞用の花が故意に持ち込まれたということだ。事実、ピンクの大きな花を咲かせることから、クリプトステギア・マダガスカリエンシスは造園業界で人気を博している。
米国コネティカット大学の植物生態学者フリサ・ロハス・サンドバル氏は「花き産業は巨大な業界です」と話す。ロハス・サンドバル氏の研究によれば、カリブ諸島に生息する外来植物の40%近くが観賞用に使われている種だという。観葉植物、観光産業からの需要が高い。
ロハス・サンドバル氏にとって、今回の研究(同氏は参加していない)は、カリブ諸島の生態系を守るためにも、破壊的な外来種の侵入抑制が急務であることを強調している。カリブ諸島の生態系の多くはすでに、生息地の喪失によってダメージを受けている。外来種によって「脆弱(ぜいじゃく)性のレベルが一段高まり…カリブ諸島のユニークな野生生物がさらに…脅かされることになります」
ニュージーランドをはじめとするいくつかの島では、輸入可能な種を制限したり、輸入品を検査したりすることで、国境を開放したまま、外来種の侵入リスクを最小限に抑えているとブラウン氏は指摘する。
キューバの観光と貿易は、今後数年間で急成長するとの予測もある。ボロト・パエス氏は政策立案者への提言として、外来種から島を守るための対策を強化し、「西インド諸島の並外れた生物多様性の保全」を支援してほしいと話した。
(文 KATARINA ZIMMER、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年3月2日付]
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