長瀬智也さん 「俺の家の話」に見る自ら客観視する力
TOKIOの長瀬智也さんが能楽師宗家の家に生まれながらプロレスラーになる奇想天外な主人公を演じているドラマ『俺の家の話』(TBS系)が好評です。3月末でジャニーズ事務所を退所し、裏方として新しい仕事の形にチャレンジする予定の長瀬さんにとっては、最後の主演ドラマとなります。
宮藤官九郎さん脚本のホームドラマ
ドラマの主人公・観山寿一は、伝統芸能の家で育ったものの、25年前に実家を捨ててプロレスラーに転身してしまったという人物。そうしたなかで、西田敏行さんが演じる観山流の宗家である父・寿三郎(人間国宝)が危篤になったとの知らせを受け、実家に帰ることになり、介護問題も発生する……という流れで物語が進んでいきます。軽快なセリフ回し、リズミカルな展開で目が離せません。脚本を担当する宮藤官九郎さんと主演の長瀬さんによる名コンビの最高傑作と言える作品になりそうです。
2人は、TBSの連続ドラマで11年ぶり4度目のタッグです。これまで『池袋ウエストゲートパーク』や『タイガー&ドラゴン』など、様々な話題作がありました。
今回の『俺の家の話』も、ドラマ放映と同時に登場人物の名前である「寿限無」がツイッターでトレンド入りしたり、長瀬さんのプロレス技について盛り上がるなど、ネットでも話題を集めています。
第1話のプロレスシーンで登場した長瀬さんの姿はプロレスラーそのもの、体重を12キロも増量しマッチョに仕上がった肉体だったのです。チーフプロデューサーの磯山晶さんは『ザテレビジョン』の記事で、この長瀬さんの肉体づくりや役づくりに対するプロ意識の高さを称賛していました。
長瀬さんの俳優としてのキャリアは28年に及びます。ドラマデビューは、1993年の学園ドラマ『ツインズ教師』(テレビ朝日系)の生徒役。その後、『白線流し』(フジテレビ系)で主演、『Days』(フジテレビ系)で月9初主演など若手人気俳優の道を歩み始めます。
そして、代表作の一つと言える『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)で脚本家の宮藤さんとタッグを組むことになり、同じコンビで臨んだ『タイガー&ドラゴン』(TBS系)や『うぬぼれ刑事』(TBS系)など、話題となったドラマの主演を務めただけでなく、『空飛ぶタイヤ』など社会派映画にも主演するようになりました。
長瀬さんの28年に及ぶキャリアをたどると、アイドル的な人気を集める作品というよりは、物語の面白さで視聴者をひきつける作品が目立ちます。そして、女性だけでなく男性人気も高いという特徴が浮かび上がってきます。
長瀬さんは顔立ちをはじめ、背丈やスタイルなど、容姿はどれをとっても完璧に近く、まさに眉目秀麗という言葉がぴったりです。そして今の時代だけでなく、昭和の銀幕の世界に登場したりしても、平成で台頭したハイビジョン画面に登場したりても、どの時代においても「二枚目」に位置する俳優さんだと思います。しかも女性だけでなく男性人気も高い。そういう意味では、長瀬さんは二枚目俳優として全方位の完璧な要素を持ち合わせているのです。
ですが、長瀬さんの役者としてのキャリアを俯瞰(ふかん)すると、容姿に頼らず、役柄になりきることで実力が発揮できる役者さんだということがわかります。
それは長瀬さん自身が、二枚目の役柄だけでは、「どの役を演じても長瀬智也っぽい」というイメージが定着してしまうリスクを直観的に感じ取っており、そう見えないように自身を客観視しながら変幻自在に役を演じる力を養い続けてきたからなのかもしれません。そして、主観的な疑問や理屈を持たず、振られた役柄に真摯に応じる長瀬さんならではの素直さもあるように思います。
どんなに無理な設定でも可能にする役者力
実際、脚本を担当する宮藤さんはこのドラマの紹介サイトにて、「僕にとっては長瀬くん自体が、連載少年マンガの主人公のような存在です。まだまだ描ける、いくらでも描ける、描きたいと思わせてくれる。落語好きのヤクザ、恋愛体質の刑事、地獄の鬼。どんな無理な設定でも、絶対面白くしてくれる。(中略)なんの疑問も持たずに肉体作りに励んでくれるのは長瀬くんしかいません」と、長瀬さんの変幻自在に役に徹する役者としての資質の高さや素直さについて語っています。
また、磯山チーフプロデューサーは「このドラマは、長瀬くんと長期にわたって相談してきた企画であり、彼本人の思いもたくさん詰まっています」と、長瀬さんがこのドラマに能動的にかかわってきたことを明かしています。
『そこに存在する役そのものになりきり、面白い物語を成立させるにはどうしたらよいか』それを追求するためには、容姿をはじめとする自身の資質を客観視し、役柄に徹するためにはどのような表現が物語の効果を上げるのか、そこを常に探りながら努力を重ねる実直さが大切であり、長瀬さんはその努力を丁寧に積み重ね続けてきたのだと思います。
人は、好き嫌いをはじめ、やりたいこと、やりたくないことがあると、仕事や業務においても自分自身に向いているかどうかや適性を度外視してしまいがちです。これをやりたいと手を挙げたくなったり、その役職に選ばれなければ不服に思ったりしてしまいます。
もちろん、能動的にやりたい意志とやる気を持つことは、前進するための原動力になります。ですが、その意志とやる気に比例して資質や実力が伴わなければ、業務は思うように進展せず、結局は、周囲に迷惑をかけるだけでなく、自分自身も痛手を被ることになります。そのような事態を避けるためには、やはり自分自身を客観視する力が必要なのです。
自分は「なぜこの仕事や業務を担当したいのか」→「その目的は何か」→「その目的達成のために不可欠な要素として自分自身の資質や実力は備わっているのか」→「備わっていなければどのような努力で補充することができるのか」→「全方位で俯瞰し自身を客観視した上で、今、準備すべきことは何か」。
このように、自身を客観視し、足りない要素をカバーするための思考を巡らせることで、自分の意志とやる気だけでは成し遂げられないことにも挑戦しやすい環境が生まれます。
今、準備すべきことがわかれば、それを準備する過程で必要なスキルや実力の適正レベルもだんだんとつかめるようになってきます。
長瀬さんも二枚目すぎる資質を客観視し、単なる二枚目俳優にならない役者としてのスキルや力を身に付け、それらを発揮し続けてきたことが、今のポジションにつながっているのではないでしょうか。
今春からは裏方に回る長瀬さん。多くのファンは役者としての長瀬さんに会えなくなることを大変残念がっています。
私もそのなかの一人ですが、長瀬さんが別のキャリアを積むなかで得る新たな気づきや感性が、また長瀬さんの資質を重層的に形づくり、いずれ何かの作品でその成果を発揮してくれることを願っています。
新境地でのご活躍をお祈りしつつ、長瀬さんの足跡に倣いながら自分自身を客観視するスタンスを忘れずに、様々な現場で必要な準備を怠らないよう努力していきたいものです。
経済キャスター。国士舘大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。JazzEMPアンバサダー、日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。地上波初の株式市況中継番組を始め、国際金融都市構想に関する情報番組『Tokyo Financial Street』(STOCKVOICE TV)キャスターを務めるなど、テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへ出演。雑誌やニュースサイトにてコラムを連載。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
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