仮想空間彩るアバター 出社や音楽ライブ、旅行にも
仮想空間で人間の代わりに動いたり話したりするアバター(分身)の活躍の場が増えています。在宅勤務中の社員や、リモート開催される展示会や国際会議の参加者が、アバター同士でコミュニケーションを取る仕組みが整ってきました。エンターテインメント分野でも、アバターが出演するコンサートなどが続々と企画されています。
システム開発大手の富士ソフトは2020年7月から、自社開発したバーチャルオフィスの運用を始めました。社員の2割に当たる1000人強がリモート勤務で利用しています。画面にはオフィスのフロアを再現。各座席には社員のアバターが表示され、「ランチ中」「在宅」といった本人の状態もわかります。話したい相手の席近くにアバターを動かせば、会話することもできます。
社内の会議や講演会などには、ZOOM(ズーム)などのビデオ会議ツールがよく使われますが、参加者同士の打ち合わせなどにはアバターを使うのが便利です。20年11月に日独仏の人工知能(AI)研究者ら約1200人が参加したオンライン国際会議では、米ヴァーベラ社のシステムを利用しました。アバターで会議室を移動して講演を聴いたり、休憩時間にアバター同士が近づいて議論したりする光景も見られました。
店舗などでの接客にアバターを使う試みも始まっています。東急ハンズはNTTデータと協力して、オペレーターの動きと連動するアバターを介して、来店者に遠隔から商品を紹介する実証実験を行いました。利用者からは「アバターの方が気軽に話しかけやすい」「説明と商品画像がセットで表示され分かりやすい」といった反応があったそうです。
音楽コンサートなどエンターテインメント分野への応用も注目されています。20年4月、オンラインゲーム「フォートナイト」に米国の人気ラッパー、トラヴィス・スコットが巨大化したCG(コンピューターグラフィックス)のアバターとして登場。1200万人以上の「観客」もアバターとして参加し、新型コロナウイルス感染症の流行下で成功したライブイベントとして注目されました。
1月にオンライン開催された米国のデジタル技術見本市「CES」では、ソニーが歌手マディソン・ビアーさんの精巧な3Dアバターを披露し、仮想ライブも行いました。
仮想現実(VR)の研究者である池井寧・東京大学特任教授は「本物そっくりの高度なアバター研究が進む一方、バーチャルオフィスのような簡易なアバターのニーズも高い。ますます普及する」とみています。
池井寧・東京大学特任教授「リアルさ追求で活用に広がり」
アバター(分身)の使われ方や研究開発の動向について、東京大学特任教授の池井寧さんに聞きました。池井さんは仮想現実(VR)の研究者で、アバターを使った接客サービスやバーチャルな旅行体験システムの開発にも取り組んでいます。
――デジタルアバターを様々なところで目にするようになりました。
「歴史をたどると1990年代に富士通が『ハビタット(Habitat)』という画像付きチャットを運用していました。インターネットが普及する前のパソコン通信の時代です。それまで文字のやり取りだけだったのが、2次元画像の仮想の街の中でアバターを操作してチャットができるようになりました」
「デジタルゲームの世界でも初期からアバターが使われていました。プレーヤーがキャラクターを操作してゲーム空間を動き回っているとき、キャラクターはプレーヤーの代理表現を担っているということになります。また2003年にリリースされた米リンデンラボ社のセカンドライフというサービスが一時期大きなブームになりました。現実世界を代替するメタバースと呼ばれる仮想空間で、経済取引などを含む生活ができるものです」
「今はSNS(交流サイト)でもよくアバターは使われていますし、動画配信するバーチャルユーチューバー(Vチューバー)の多くは、アニメ調のキャラクター姿のアバターを映し出し、本人がしゃべるのに合わせて顔や口元などを動かしています。リモートワークでよく使うようになったビデオ会議システムでも、自分の顔を相手側にそのまま映し出すのではなくて、わざとイラストタッチの顔を選ぶ人もいますね。実際の顔を映す場合も、顔のシミを見えなくするといった美肌機能が使えるものもあります。素顔を一部修整して見せているわけで、これもアバターの一種と言えるかもしれません」
――リモート勤務に対応して、会社のフロアや座席を画面上に映し出して、従業員がアバターとして「出勤」できるバーチャルオフィスの利用も広がってきました。
「ビデオ会議の場合、利用者は決まった視点からしか見ることができません。これに対してバーチャルオフィスは空間性をちゃんと表現しようという取り組みですね。利用者はオフィス中を見渡すことができ、誰がオフィスにいるかや、外出しているかを確認できます。在席中でも取り込んでいるときはそれを示すフラグを立てたりして周囲に知らせることができます」
「バーチャルオフィスは、相手の都合がよいタイミングで話しかけられるといった、円滑なコミュニケーションを実現するのが第一の目的です。相手が見えない状態でやりとりする電子メールなど従来型のコミュニケーションの仕組みを拡張する概念だといえます。こうしたコンセプトは以前から学会などでも議論されてきたものです。また、これまで特定の現場で仕事をしてきた従業員にとっては、オフィスのレイアウトとか、同僚がどこに座っているかとかの空間的な条件が、仕事を進めるうえでの行動や思考のベースになっているところもあります。そうした空間的な情報を簡略な形であれ再現することで、リモートワークに現実感を与えることが一定程度期待できるでしょう」
――アバターは今後どのように使われていくでしょうか。
「現在のアバターは、組み込みのCG(コンピューターグラフィックス)モデルを使っていることが多いです。しかし、本人の顔や全身を忠実に3Dデジタルデータとして再現して動きを生成する技術開発が急速に進んでいます。このようなリアルアバターをどう作って利用するか、これが研究の一つの方向性です」
「私の研究テーマの一つは、窓口で人が対応する代わりにオンラインで顧客サービスができるアバターの開発です。顧客からの問い合わせに、文字のチャットで自動応答するといったことは現在の技術でできますが、そこに受付のリアルアバターが出てきて、自然な表情で対応できるようにします。人工知能(AI)が使われ、客の表情を読み取って説明がうまく伝わっているか判断する仕組みも盛り込みます。チャットだけとか、アニメのキャラクターのようなアバターを使うよりは、顧客の要求にこたえるコミュニケーションができると思います」
「顔だけでなく全身のアバターの研究もしています。全身をスキャンして得たデータから3DのCGを作り、関節などの体の構造を加えて、歩行などの動きをつくり出します。ヘッドマウントディスプレー(HMD)をつけてバーチャル空間に入ったときの自分の体になるわけですが、複数の人と話をしながら並んで歩くこともできるようになります。バーチャル観光を仲間同士で楽しめるような用途を想定しています。新型コロナ感染症の収束後も複数の人が仮想空間でコミュニケーションをとったり共同作業をしたりするニーズは大きいと思います。現在簡易なアバターを使っているバーチャルオフィスでも将来こうしたリアルアバターが使われるようになるかもしれません」
(編集委員 吉川和輝)
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