渋沢好みのインバネス、形は伝統的でシンプル

明治中期になって、「二重回し」も登場しました。インバネスはだいたい膝丈です。これを、着物の着丈に合わせるために、くるぶしほどの長さに仕立てたのが「二重回し」でした。今となってはインバネスと二重回しとは混同されていますが、この両者は、似て非なるものであります。

渋沢は黒のインバネスも、二重回しも着たようです。それもまことに簡素な、伝統的な形のインバネスを好みました。

洋装の渋沢栄一。左は兼子夫人(1929年)=日本電報通信社

明治期のお偉いさんは襟にラッコの毛皮などを張ったものですが、渋沢栄一はそれをしませんでした。毛皮なしのインバネスだったのです。

しかも渋沢は、昼間の男性用礼装であるフロック・コートの上にも平気で二重回しを重ねています。そして頭には山高帽「ボウラー」をかぶっていました。ボウラーは19世紀の半ばにロンドンで生まれた山高帽のこと。本来は私用人のヘルメット代わりの帽子だったのですが、それがやがて英国の一般市民にも愛用されるようになりました。

西洋の礼装に二重回し、そして、ボウラー。こうした渋沢のスタイルは果たして、何を意味しているのでしょう。

「和魂洋才」。私はれっきとした日本人であるけれども、洋才は勇敢に採り入れます。そんな気概を示したものといえるのではないでしょうか。

服と心はひとつであります。いかなる心で、いかなる服を着るのか。それは決心であり、覚悟であります。日本人としての自我は堅く守りつつも、洋服を装う時の心も理解し、我が物として咀嚼(そしゃく)する。若き日の鎖国時代から洋服に触れ、西洋文明の洗礼を受けた渋沢は、早くからそんな心境に到達していたのではないでしょうか。

そして思うに、渋沢は、鎖国の時代からすでにインバネスを着ることの覚悟ができていたに違いないのです。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

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