大学生協の目利きが選ぶ コロナ時代の学生に効く9冊
2020年代を生きるこれからの大学生や高校生が読んでおくべき本を、大学生協書店の目利き3人に選んでもらった。就職活動に役立つといった即効性のある本ではなく、新型コロナウイルスのまん延という歴史的な出来事に見舞われた若い世代が、いまと将来を考えるのに助けになる本だ。
最初は法政大学生協多摩店の鈴木祥介さん。1冊目は佐々木中著「切りとれ、あの祈る手を 〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話」(河出書房新社)だ。佐々木氏は哲学者であり、作家でもある。
新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が出され、大学キャンパスにも入場制限がかかる中で、鈴木さん自身、もんもんとした気持ちで過ごしていた。そこであらためて読み返したのが、この本だったという。
本をめぐっては昨今、「出版危機」「もはや本は終わった」など悲観的な言葉が叫ばれる。しかし、佐々木氏は一貫して、文学や芸術は終わっていない、むしろこれからだという力強いメッセージを発し続けてきたという。「切りとれ、あの祈る手を」は、本を読むことや文学について、革命など世界史の中の様々な出来事を通して大きなスケールで語られていく。
鈴木さんは「文学も本も文字も、ずっと生き残ってきた。いまここであきらめて、終わったとか先がないと思う必要はない。ひいては、コロナ禍においていろいろなことを諦めがちになってしまう今の世の中でも、斜に構えるのではなく、冷笑するのではなく、正面から物事をとらえていいのだという勇気をこの本からもらった。まだまだできることはあるのだと背中を押してくれる本」と語る。
2冊目は、エドゥアルド・ガレアーノ著「日々の子どもたち あるいは366篇の世界史」(岩波書店)。こちらも、「切りとれ、あの祈る手を」と同様に、世界史に関連する本。世界史に残るような出来事が日々、語られるが、1日分が1ページにも満たない短さで読みやすい。
著者のエドゥアルド・ガレアーノ氏はウルグアイ生まれのジャーナリスト。内容は、虐殺や飢饉(ききん)、原発事故などネガティブなことばかりが語られている。ところが、筆致はあくまで優しいまなざしにあふれている。鈴木さんは「現実からちょっと離れて、世界中の様々な出来事に思いをはせながら読むことができる。暗い気分になると思いきや、逆に気分が楽になった」と語る。
コロナ禍で、多くの大学はいまだにオンライン授業が主体。2020年入学の1年生の中にはほとんどキャンパスに足を踏み入れたことのない学生もいる。先を見通せない日常に気を取られがちになるが、「過去の歴史に思いをはせることで、広い視野を取り戻せるのではないかと思って」(鈴木さん)選んだという。
3冊目は、清田隆之著「さよなら、俺たち」(スタンド・ブックス)。清田氏は、恋バナ収集ユニット「桃山商事」の代表として、恋愛話を収集してきた。
「さよなら、俺たち」は、清田氏によるジェンダーに関するエッセー集。「いまの日本社会で男性として生きることの問題点を、フェミニズムと接続するような形で語られている。男と男、男と女など、知らないうちにはまっていったジェンダーの枠とはどのようなものなのかを自身の体験も元に展開されていて、説得力がある」(鈴木さん)という。
先の2冊は世界史という大きな視座から、いまを問い直すような内容の本だ。一方、「さよなら、俺たち」は学生にとって、身近な問題を扱っている。大学や高校においても、セクシュアルハラスメントや性的合意についての議論がなされる時代。これからを生きる若い世代にとって、ジェンダーに関する知識は人間関係や社会のありようを考えるうえで、必須の教養ともいえる。
2人目の選者は、千葉大学生協ブックセンターの瀧一馬さん。
瀧さんは「今の学生さんは、優秀だなと感じることが多い。インターネットともうまく付き合えているし、マナーもよく真面目。我々大人の失敗からも多くのことを学んでいる。だから、若い人に向けて『もっと変わったほうがいい』と呼びかけるのではなく、『こんな拡張機能がありますよ』と紹介する感じで3冊を選んだ」と話す。
1冊目は平野啓一郎著「本の読み方 スロー・リーディングの実践」(PHP研究所)。芥川賞作家の平野氏による読書術の本。タイトルにスロー・リーディングとあるとおり、量より質がテーマになっている。インターネット、SNSなどで学生は大量の情報をさばくことには慣れている。逆に言えば、文章をじっくりと味わうような体験を持ちにくくなっているのではないだろうか。
瀧さんは「本の1ページにひたるような体験を小説を通じて味わうことができる。作者の途方もない思いや技巧を目の当たりにすれば『小説ってすごい!』と感じるはず。スロー・リーディングは特に小難しいテクニックが要求されるわけではないので、まずは気軽に試してみてほしい」
2冊目は、東浩紀著「弱いつながり 検索ワードを探す旅」(幻冬舎)だ。
多くの人は検索エンジンやSNSのアルゴリズムにより、自分が好みそうな情報を次々とレコメンドされる世の中で生きている。快適かもしれないが、予想外の面白いものを見過ごしている気になったり、偶然の出会いで世界を広げたくなったりもする。そこで、この本は、グーグルのような検索エンジンが予測できない言葉で情報を検索することを提唱している。それには、現実の環境を変えること、つまり旅行をすることで、普段の生活では思いもつかなかった検索ワードを得られるようになると説く。
瀧さんは「いまはコロナ禍で旅行は難しいが、考え方そのものは応用できるのではないか。居心地のよい環境を崩すことで、レジリエンスが逆に高まっていくのではないだろうか」と話している。
3冊名は、松村圭一郎著「はみだしの人類学 ともに生きる方法」(NHK出版)。松村氏は文化人類学者。文化が異なる者どうしがどのようにともに生きていけるのかについて書かれている。
選書理由を瀧さんは「自分が所属している文化と、それ以外の異文化の間に乗り越えられない壁があるという前提で考えることは不寛容につながると書かれている。異なる文化の間で境界を超えて共通する部分をどうつくるのか、境界を溶かして再定義する方法が紹介されている点が非常に面白い」と説明する。副題にある「わたし」という檻(おり)から出るために、という言葉通り、他者を通じて自分自身の輪郭を壊して再構築しようという本だ。海外留学や留学生との出会いの機会が増えてくる若い世代の助けになりそうだ。
3人目は東京大学生協駒場書籍部の鈴木嘉寿馬さん。
1冊目は、ハンス・ロスリング著「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」(日経BP)。日本では2019年に発売され、ベストセラーにもなった。大学生協でもいまだに売れているという。
「新型コロナウイルスに関する真偽があやふやな情報が大量に流れた。情報をどのように自分の頭で捉えるのかを考えるのに役立ち、いまの時代にぴったりの本」と推す。
2冊目は、石井洋二郎・藤垣裕子著「大人になるためのリベラルアーツ 思考演習12題」(東京大学出版会)を選んだ。
この本は「大人」の定義を、いろいろな感情や考えを生のまま吐き出すのではなく、自分の中でかみ砕いて消化してから他者に共有可能な形で言語化できる能力を持つ人と定めている。目次には「コピペは不正か」や「絶対に人を殺してはいけないか」など、「常識」に照らせば当たり前のような問いかけが並ぶ。しかし、常識的なことについて、言葉を尽くして説明するのは案外骨が折れるもの。様々な問いを他者に共有可能な形で言語化することを学べる本であり、学生が大人になるためのレッスンとも言えそうだ。
昨今、教養やリベラルアーツ、学び直しといったキーワードが出版界の一つのトレンドになっている。鈴木さんは「SNSをはじめとしたツールの発達により、人々が発信する場面が増えた。その際に重要なのが自分の中の価値観。価値観を養うものとしての教養に注目が集まっているのではないか」と説明する。
3冊目は、i.school修了生有志編著「解答のない参考書 人生をデザインするための12人のインタビュー」(自費出版)で、東大の学生による自費出版という。一般の書店にはないが、生協の店頭で注文できる。
i.schoolという教育プログラムの修了生が、スタートアップや官僚、大企業など様々なキャリアを歩む社会人の先輩に対して行ったインタビュー集だ。鈴木さんは「内容もそうだが、自費出版で学生も本をつくれるということに注目してほしい。本という媒体は多くの人と関わり合いながらつくるもの。その過程で考えが昇華されたり、ストーリーが変わってきたりもする。本にすることで後世まで残る。もし興味がある場合は、生協に相談してくれれば力になりたい」と強調した。
鈴木さんは「これらの本を1冊でも実際に読んでみて、明日から何かちょっとやってみようかなと思ってもらえればうれしい」と話している。
各大学生協の書店はキャンパス内にあるため、コロナ禍でキャンパスへの学生立ち入りが制限される中、苦しい運営を強いられてきているという。こうした状況であっても、学生や教員と最も近い場所にいる生協だからこそできることを始めようと、多摩地区の大学生協職員らが中心になって、ツイッターやnoteなどで本にまつわる情報を発信。複数の大学の生協が連携し、出版フェア「2020年コロナ禍における出版、あるいは本の意味~わたしたちはこの1年、何を考えていたのか」を12月から開始した。
理系の大学に文系の人文書を置いたり、逆に文系の大学にサイエンスの本を置くなど、普段はやらないような取り組みにチャレンジしたところ、意外な本が売れたりもしたという。法政大学生協多摩店の鈴木祥介さんは「大学生協でなければできないことがあるということに、コロナ禍において気づかされた。これからも発信を続けていきたい」と話している。
(桜井陽)
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