オリジナル繊維の開発でブレークスルー

商品化の決め手になったのは、オリジナル繊維の開発だった。まるで呼吸するかのように吸湿・放湿するウールの特質を生かしながら、肌触りをよくし、毛玉を抑える技術を開発し、特許も取った。ウールを靴下に採用するうえでの課題は、強度を落とさず 、「チクチク、縮む、毛玉」といったウールのデメリットを解消することだった。研究を重ねた結果、表面を滑らかにする新技術を生かしたウール糸「ブリーズファイバー」が誕生した。

ようやく試作品が形になり、西日本で大規模なテスト販売に乗り出したのは、号令が掛かってから3年後の01年。テスト販売を始めてからさらに3年をブラッシュアップに費やして、04年のデビューを迎えた。テスト販売で得た知見をきちんと改良にフィードバックする丁寧な取り組みは岡本の企業カルチャーと呼べるだろう。発売の前には「最終テスト」として社長をはじめ社内スタッフが「5日間にわたって連続で着用。自分たちの鼻で『におわない』と確認したうえで、『ほんまもん』の確認を得た」という。

企画スタートから6年をかけて、ようやく発売にこぎ着けただけに、デビューを知らせるポスターには関係者の思いが詰まったコピーが載った。「国民的悩みに立向う」。商品写真の隣に下駄(げた)を添えて、蒸れない心地よさもアピールした。

「SUPER SOX」の発売時には新幹線を使った告知戦略を仕掛けた

服飾カテゴリーにあって割と地味な存在の靴下はマーケティングが難しい商品だ。しかし、岡本は「スーパーソックス」の売り込みに巧みな戦略を取り入れ、ヒット商品に育て上げた。たとえば、04年の発売当初。東京駅で新幹線の乗客に2日間で7000足を無料で配布した。構内にも臨時の売り場を設けた。「新幹線の車内という、自分や隣のにおいが気になりがちな場面を狙った」と、青柳氏は意図を説明する。メディアで取り上げられ、デビュー商品を知ってもらう効果につながった。

ファッションアイテムの「脇役」的なイメージがある靴下を、積極的に露出していくスタンスが「スーパーソックス」の認知度を高めていった。世の中に広く呼びかける取り組みの筆頭格といえるのが「足クサ川柳」だろう。足のにおいにまつわる様々なエピソードを川柳で笑いとばしてもらおうという趣旨で、07年に始まった(18年の第12回で終了)。「父さんが コタツ入ると 猫がでる」「新幹線 異臭騒ぎは オレの足」など、足のにおいを笑いに変える秀作が集まった。

最後の第12回だけでも2万2000句を超える応募があり、トータルの応募作品数は20万句を突破。「スーパーソックス」の効果を印象づけるキャンペーンとなった。「足クサ川柳」が優れていたのは、「夫婦」「出張移動」「オフィス」「家族」「彼氏」などの部門を設けて、職場や家庭などとのコミュニケーションにまつわるエピソードを「足の健康やトラブルに向き合うきっかけにしてもらい、その解決に商品を役立ててほしいと考えた」。

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