小学校まではフランス語の会話が好きでしたが、中学の頃から苦手になりました。英語も必修になるので、両言語のスペルを覚えるのが大変、頭の中が混乱して整理がつかなくなるからです。フランス語には男性名詞や女性名詞などもあり、英語に比べて複雑です。本当は大学入試でフランス語の試験問題は英語と比べて簡単なので履修すれば有利ですが、中3の頃には断念しました。

暁星時代は、いわゆる悪ガキ、お遊びグループに属していた。

「暁星時代は人生で一番楽しい時期だった」と振り返る

先生たちにはいつも怒られていました。忘れ物をしたりすると、今はあり得ないことですが、「愛のムチ」を受けたり、授業の間ズッと真上に手を挙げて正座をさせられたりしました。クラス内の班の人間が問題を起こすと班長や副班長も連帯責任をとる。ただ、先生たちと対立関係になったことはありません。こちらがルールを破ったから、叱られ、罰せられただけ。そう受け止めていました。当時は体罰だと騒ぐ親などもおらず、逆に「何かやったのか」と余計に叱られたものです。

暁星には栃木県の那須高原に合宿用の施設があります。小4の時の合宿はハードだったので記憶に深く刻まれています。算数で面積を求める公式を学習し、確認の小テストをやるのですが、先生は厳しくて100点をとるまで寝かせてくれなかったのです。算数が苦手だったので、結局、終わったのは11時半を回っていました(笑)。

校則も厳しかった。服装や髪を細かくチェックし、髪が耳にかかっていたり、襟まで伸びていたりしたらアウト。ただ、暁星の生徒は今も昔もオシャレに敏感です。都内では暁星か青山学院かと言われていました。制服のウエストをほんの少しだけ絞ったり、ブランドもののベルトをはめてきたりする生徒もいました。周囲には白百合学園など女子校が多く、もてたいという一心で、先生たちの目をかいくぐって、オシャレに時間をかけていました。

荷物も定期的に検査され、菓子類や現金の持ち込みを入念に調べます。確かに暁星には資産家の息子が少なくありません。ゴルフ場のオーナーの息子はかばんの中に1万円札を束のように所持していました。こちらも正月になると、お年玉が結構入るので、1万円札を百円玉に換金して池袋や新宿の歌舞伎町などでゲームに興じ、遊びほうけていました。

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