なぜ脳と体の成長に時間差が? 人間の一生に戦略あり人類学者 長谷川真理子さん(下)

――人間はこの先、どう進化していくのでしょうか。

「進化が起きるためには淘汰が起きる必要があります。病気への抵抗性を決めるような単純な遺伝子の場合、ここ1万年、一世代25年とすると400世代を経る間に、結構な選択圧がかかり、変化がありました。ただ、脳のような大きなシステムとなると、同じように変化が起こることは考えにくい。特に1組の夫婦から生まれる子供が少なくなっている現代社会では、淘汰はかかりません」

「(淘汰はなくても)人間は脳がつくる文化や知識の集積で状況に対処することができます。ただ、気がかりなのは、科学をもとに新しいものがつくり出され、人間がずっと暮らしてきた環境とかけ離れた世界に私たちが囲まれるようになっていることです。かつては汚いものも食べながら1日25キロメートルも歩いて、夜はたき火のそばで寝ていたわけですから。それがいつも電気がついていて、ほとんど運動しないような人もいます。赤ちゃんの時からスマホを操作する世代も登場しています。私は科学者なので、科学もイノベーションも好きですが、何か体へのストレスがあるのではないか、このギャップが何か影響してくるのではないかと危惧しています」

「おじさん連合」に同化しなくていい

女性の科学者を増やすためには「マインドセット全体を変えないといけません」

――科学の分野で女性研究者が少ないのはなぜでしょうか。

「日本の状況は世界から20年、3周遅れという状況です。東京大学理学部の外部委員をしていたときに、女子学生の比率が増えないことについて議論したことがありました。理由を聞いて回ったところ、地方にいる優秀な女子学生は親が東大に進学させないそうです。地元の大学の医学部に行き、いろいろな圧力もあって結婚のタイミングで医者を辞める。それをまた医学部の先生が、女子学生は医者になっても、辞めてしまうからダメなんだ、と言っているような状況でした。マインドセット(習慣的な考え方・心構え)全体を変えないといけません。女子学生が参考にできるロールモデルが少ない、ということも原因の一つかもしれません」

「日本の社会は『おじさん連合』が都合よく運営している状況が続いていて、そこに女性が入れずにいます。それ自体がおかしいので、女性がおじさんたちと同化したり、こびを売ったりする必要はありません。ただ、おじさん連合を壊していくことは、なかなか難しいですね」

――海外の状況はどうですか。

「欧州はここ20~30年でだいぶ変わってきた印象があります。米国をみるとは実はまだ男社会のようですね。欧州は中世の宗教戦争を経て獲得した平等の概念など、歴史的な厚みがあるからかもしれませんが、企業の取締役の30%を女性にする取り組みもありますね。そして欧州委員会の委員長はウルズラ・フォンデアライエンさんで、国際通貨基金(IMF)の専務理事から欧州中央銀行総裁になったクリスティーヌ・ラガルドさんのような女性もいます」

「2019年にノルウェー北極大学と大学間学術交流協定を結びました。ノルウェー大使館での調印式に出席した時、その場にいたノルウェー北極大学の学長、ノルウェー研究・高等教育大臣、駐日ノルウェー大使、そして私が女性でした。『これは素晴らしい』と言ったら、『もっと当たり前にしていかないといけない』とノルウェー北極大学の学長に言われてしまいました。でも最近の30代をみていると、『おじさん連合』とは違う考え方の男性もいる印象があります。少しずつ変わっていくのではないかと期待しています」

(聞き手はライター 鴻知佳子、撮影 北山哲也)

長谷川真理子
1952年、東京都生まれ。76年東京大学理学部生物学科卒。タンザニア野生動物局勤務をはさみ、83年に東大院理学系研究科人類学専攻博士課程単位取得退学、86年に博士号(理学)を取得。英ケンブリッジ大でダマジカや野生ヒツジを研究後、米イェール大人類学部客員准教授、専修大法学部教授、早稲田大学政経学部教授などを経て、2006年に総合研究大学院大学教授に着任。17年より現職。著書に「モノ申す人類学」(青土社)、「進化とはなんだろうか」(岩波ジュニア新書)、訳書にダーウィン「人間の由来」(講談社学術文庫)など。

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