2020/11/30

男女の役割という意識はあったのか

この墓からは、色とりどりの石器が24点見つかった。大型哺乳類を倒すための尖頭器(せんとうき=やり先)、骨を砕いたり皮をはいだりする大きな石、皮から脂肪をこそぎとる丸みを帯びた小さな石。小さくてとても鋭い石の薄片は、肉を切るためのものだろう。皮の保存に使用されたであろうレッド・オーカー(酸化鉄を含んだ粘土)のかたまりも発見された。現場周辺では、シカやリャマの近縁種などの骨のかけらも散らばっていた。

墓で見つかった石器一式。やりに使った尖頭器をはじめ、骨を砕いたり皮をはいだりしたとみられる重い石、肉をそいだり切ったりした薄い石、そしてレッド・オーカーのかたまりなど(Randy Haas, UC Davis)

最初に調査チームが石器を検討したとき、所有者は男性で、おそらくは社会的に高い地位にあり、集団のリーダーだったかもしれないと推定した。08年からこの地域で調査を続けてきたハース氏は、「私もそう思い込んでしまいました」と話す。「そう解釈すれば筋が通ると考えたのです」

しかし研究室に戻って骨を精査したところ、女性であることが示唆された。そこで、歯のエナメル質のたんぱく質を分析して性別を確定した。

見落としてならないのは、この人物の男女の役割についての自己認識を、研究者たちは知ることができないという点だ(性別の認識は男女の2択とは限らないが)。わかるのは生物学上の性別のみ。つまり9000年前に、彼女が集団の中で女性という役割意識を持って暮らしていたかどうかはわからない。

現代の狩猟採集民から推定された通説

18年の発見は、私たちの遠い祖先における男女の役割に疑問を投げかけている。つまり、男性は狩猟をし、女性は採集をするという思いこみだ。

米アリゾナ州立大学のキム・ヒル氏によれば、この前提は、現代の狩猟採集民が男性は狩猟、女性は育児に中心的な責任を負っているという調査に由来する。氏は進化人類学の専門家で、今回の調査チームには参加していないが「シカを追っている最中に立ち止まって、泣いている赤ん坊に授乳することはできないものです」とメールでの取材に答えた。

だが、現代の狩猟採集民に基づく推定には限界がある。ゲラー氏によれば、男性の狩猟者と女性の採集者というとらえ方はあまりにも単純化しすぎだと主張してきた考古学者もいる。「狩猟採集グループを調査している研究者たちはわずかな例外を除き、どの大陸であっても、性別による労働の区分は普遍的で揺るぎないものだと思い込んでいます」と氏は話す。「それが常識になっているので、女性の骨格に狩猟の痕跡があったり、狩猟道具と一緒に埋葬されていたりする理由を説明できないのです」

過去にこうした矛盾点に気づいていたとしても、「多くの研究者たちはそれには言及しません。証拠を無視すれば、矛盾点が消えるとでも思っているのでしょう」とゲラー氏は述べる。

狩猟の安全性と効率を高めるためには、性別に関わらず、できるだけ多くの健康で丈夫な大人が必要とされただろう。子どもが離乳した後の母親なら、大がかりな狩猟を手伝うこともできると、米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の考古学者キャスリーン・スターリング氏は話す。なお氏もこの調査チームには参加していない。また、赤ん坊がいても、コミュニティーで育児を手伝う人がいれば狩猟は可能だったかもしれない。

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男女両方の墓から見つかる副葬品