ヒトは密にならずにいられない 進化の歴史が語る理由

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

2020年6月13日、米ニューヨーク州イーストハンプトン。ニュータウン通りの両側にレストランのテーブルが並び、客が食事を楽しむ(PHOTOGRAPH BY KARSTEN MORAN, THE NEW YORK TIMES VIA REDUX)

2020年6月、ジョディアンさんと婚約者は「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)」の抗議活動に参加するため、米ウィスコンシン州ミルウォーキーに向かった。途中、通りがかった屋外カフェは食事を楽しむ客でいっぱい、ミルウォーキーの街も、警察の暴力に声を上げる人々であふれていた。みな、他人との接触で自ら健康を害する危険を冒していたことになる。

ジョディアンさんら参加者は、自分たちの行為にリスクを負うだけの価値があると判断したのだろう。しかし、新型コロナウイルスがいまだに世界を席巻し、連日何万人と感染者が増加する中では、デモ行進にせよ、会食やその他のどんな集まりにせよ、参加するかどうかの判断は難しくなっている。

参加を選択する人々の中には、新型コロナウイルス感染症の深刻さを否定する人もいるだろう。一方で、ウイルスの危険を認識している人も、他人との接触を続けている。

私たちは「社会的」であることをやめられない。それは進化的なパラドクスのせいかもしれない。

脳に埋め込まれた行動

はるか昔、私たちの祖先にあたる霊長類は、協力することで安全を確保するようになった。捕食者から身を守り、生存の可能性を高める社会構造を作ったのだ。集団が複雑になってくると、それにともなって祖先たちの脳も複雑になり、社会的交渉に対して報酬を与える仕組みが神経回路の中に形成された。

社会的交渉は、私たちの祖先が生き残るうえで非常に重要になった。それゆえヒトの脳は、社会的交渉への依存症状態になりやすいように出来上がったのだろう。つまり、人と接したいという根源的な欲求を乗り越えることは、何百万年分の進化的プログラミングに抵抗しようとすることと同じなのだ。

「すべてのサルや類人猿がそうであるように、私たちは極度に社会的です」と、英オックスフォード大学の進化人類学者ロビン・ダンバー氏は言う。「私たちは日々の生存と繁殖の成功のために、集団レベルでの協力に頼っています。それこそが霊長類にとって最大の適応的な進化なのです」

新型コロナウイルスは、そうした社会的交渉への私たちの依存につけ込んで感染を広げてきた。しかし、私たちが進化にともなって獲得した欲求のなかには同時に、他人との距離を保つ「ソーシャルディスタンシング」の鍵も隠れているかもしれない。利他性や互いを守ろうとする欲求だ。

ヒトはどのように社会性を獲得したか

およそ5200万年前、鳥をのぞく恐竜はすでに絶滅し、夜型だった霊長類の祖先たちは徐々に昼間に行動するようになった。しかし、メソニクスというトラに似た捕食者がうろつく中で、単独性だった霊長類たちは、集まることで安全を確保するようになった。

時代の経過とともに、祖先たちはますます社会性を強めていき、食事や狩りを共にするだけでなく、毛づくろいや集団での子育てをするようになった。こうした社会行動を取らない個体は集団からの保護を得られず、子孫を残す前に死んでしまうことが多かった。

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