水川あさみ 「熱量さえあればできる」自粛体験し痛感
恋する映画『滑走路』 現代社会の根深い問題描く
2017年に刊行され、歌集としては異例のベストセラーとなったことで注目を集めた「歌集 滑走路」。32歳の若さでこの世を去った歌人・萩原慎一郎さんが残した言葉は、苦難のなかでもがいている人たちにいまなお生きる希望を与えている。そんななか公開を迎えるのは、この歌集をモチーフにした映画『滑走路』。非正規雇用やいじめ、キャリア不安といった現代社会が抱える根深い問題について描いている。
本作でメインキャラクターの一人である翠(みどり)を演じたのは、女優の水川あさみさん。今年は劇場公開作品が5本にも及び、幅広い役どころに挑んでいるが、今回は自身のキャリアと夫との不和に揺れ動く女性を見事に体現している。そこで、作品に取り組むなかで感じた思いや女性たちに伝えたいメッセージなどについて語ってもらった。
みなさんに共感してもらえるように演じたかった
――最初に、原作の歌集を読まれたときの感想から教えてください。
水川あさみさん(以下、水川) 世の中の人が抱えている心の不安や悲しみ、そして絶望というものを代弁していて、読む人に寄り添うような作品だなという印象でした。あとは、少しもやがかかった薄暗いなかをさまよっているような感覚もありましたね。実際、その雰囲気は、脚本にもきちんと反映されていると思います。
――では、ご自身が演じた翠という人物については、どのような女性としてとらえましたか?
水川 切り絵作家としてやりたいことはできていて、結婚もしているので、両手からあふれるほどの幸せではなかったとしても、自分で充実していると思えるくらいの幸せはちゃんと手に入れている女性だと感じました。
ただ、その一方で言いたいことや思っていることを主張せずに生きてきたとても不器用な人という印象も。監督からも同じようなことを言われていたので、普段より動きを遅くしてみたりしながら、たたずまいを変えるように意識して演じました。
――水川さんと同じく、仕事と家庭を持つ30代の女性ということで、共感した部分はありましたか?
水川 私自身が共感するというよりも、みなさんに共感してもらえるような人物として演じたいという気持ちのほうが強くありました。実際、翠というのは、女性が抱えるいろんな悩みや不安、葛藤というものを寄せ集めにした部分があったので、多くの女性が共感できる人物になっていると思います。
――そんななか、翠は最後にはある大きな決断を下しますが、そのことに関しては、どう感じましたか?
水川 夫とすれ違いがあるなかで、とある出来事によっていろんなことと向き合わざるを得なくなり、いままでしてこなかったような大きな一歩を自分の力で踏み出すことができたんじゃないかなと感じました。そこには悲しい側面もありますが、彼女にとっては大きな成長でもあったので、とてもポジティブな決断だったと私は思います。
夫婦とは「みんな違っていていい」
――今年は、本作だけでなく、『喜劇 愛妻物語』でも夫婦関係を描いた作品に出演されましたが、役を通じて夫婦の在り方について改めて考えさせられることもあったのではないでしょうか?
水川 夫婦って本当におもしろいなと思いますね。他人同士があーだこーだ言いながら一緒に生活をすることは、とてもヘンテコですけど、だからこそすごくステキだなと。なぜなら、相手に寄り添って生きていくためには、愛情がないとできないですからね。そう考えると、夫婦や家族になることって、すごいことだなと感じます。
――水川さんにとって夫婦とは何ですか?
水川 私は夫婦というのは「みんな違っていていい」と思っているので、「夫婦とはこうあるべき」というのはありません。特に夫婦は、他人同士が集まっているものですからね。変わっていても、おもしろくてもいいんじゃないですか? 夫婦に限らずですが、「女性はこうあるべきだ」とか「男性はこうあるべきだ」と考える必要はないと思います。
――そう考えるようになったきっかけなどはありますか?
水川 母の影響だと思いますが、私が小さいときから、あまり周りと同じことをさせたがらないところがありました。たとえば、学校で使う裁縫セットひとつ取っても、学校から出されたものを買うのではなく、母が私をお店に連れて行って好きなものを自分で選ばせてくれるほどでしたから。
――すてきですね。ただ、周りと違うことに怖さはありませんでしたか?
水川 まったく気にしていませんでしたね。とはいえ、決して協調性がないというわけではなくて、「オリジナリティーはあってもいいよね?」ということを教えてもらったと思っています。
――なるほど。では、優しいようで、妻に無関心のようにも見える拓己のような夫については、どのような印象を受けたか教えてください。
水川 劇中で描かれているのは、徐々に変化していった結果だと感じました。というのも、拓己は「翠はどうしたい?」とよく言っていますが、それも翠にとって、最初は自分の気持ちを押し付けずに答えを委ねてくれる優しい男性に見えていたと思うんです。
でも、翠に自我が芽生え、いろんな日常を過ごすなかで心境も状況も変わっていったので、同じ言葉を聞いても受け取り方も違ってきてしまったのかなと。どういうふうに相手に伝えるかというのは難しい部分ですし、怖いところもありますが、本当に大切なことなんだなと改めて思いました。
――ということは、ご自身も日常生活において、自分が発する言葉には気を付けていますか?
水川 そうですね。ちゃんと伝わる言葉を選択する意識を持つようにはしています。わりと気持ち先行型のところもありますが、ここぞというときには、客観的になって一つひとつ言葉をきちんと選びながら冷静に伝えるように努力しています。
周りから見える自分にとらわれる必要はない
――今年は新型コロナウイルスによって仕事にもさまざまな影響があったと思いますが、そのなかで仕事に対するモチベーションはどのようにして保っていましたか?
水川 エンターテインメントの世界がすべてストップしていて、私も舞台が延期になりました。当たり前だったことが当たり前ではなくなった世の中で、自分と向き合う時間は増えたように感じています。
でも、「ピンチはチャンス」ではないですけれど、この状況を生かしておもしろいことができないかということは常に考えていました。知り合いのプロデューサーさんなどとオンライン飲み会をしながら、いろんなアイデアを持ち寄ったり、普段だったらなかった思考回路を持つことは、すごく勉強になったと思います。
――そのなかで、新たな発見もあったのでは?
水川 ありましたね。自粛期間が明けてすぐに撮影に入ることができましたが、あのときのみんなの熱量はすごかったです。でも、「いままであんなに時間がかかっていたことも、やればできるんじゃん!」とも思いましたけど(笑)。本当に驚くくらいの早さで実現したので、熱量さえあればできるというのを再確認しました。
――自粛期間中はフラストレーションがたまることもあったと思いますが、気持ちの切り替えはどのようにされていましたか?
水川 仕事をしていたわけではないので基本的にはオフの状態でしたが、そのなかでも心がけていたのは、だらしなく過ごさないようにすること。居心地のいい環境を家のなかにつくってみたり、思い立ったことを伝えてみたり、頭に浮かんだことを書き留めてみたりすることで、自分をオンにしてみる工夫をしていました。
――では、悩みを抱えているときは、どのように解決されていますか?
水川 そのときの状況や内容によっても変わりますが、自分の信頼できる友達や周りの人に相談することが多いですね。ただし、自分で解決すべきことだなと思うときは、自分で解決するようにしています。
――家庭とキャリアのバランスを意識することもありますか?
水川 そういうことはあまり考えていないほうですね。バランスを考えるよりも、家庭でも仕事でもやりたいことを優先している感じだと思います。これからもおもしろいものに携わっていきたいですし、やりたいと思えるものを選択していきたいです。
――それでは最後に、女性読者へ向けてメッセージをお願いします。
水川 いまは「女性だからこうあるべきだ」みたいに、周りから見える自分ということを意識しすぎな人が多い気がしています。それよりも、「自分がどうしたいのか」「自分はどうすべきなのか」というように、もっと自分主体で物事を考えてもいいんじゃないかな、と私は思っています。それは結婚にしても、子どもを持つタイミングにしても、「いつまでにしなきゃ」と焦ったり、周りの人が言うことに振り回される必要はないと思います。縁があれば、出会える人とも出会えるはずですから。
監督:大庭功睦
出演:水川あさみ 浅香航大 寄川歌太
木下渓 池田優斗 吉村界人 染谷将太
水橋研二 坂井真紀
配給:KADOKAWA
11 月 20 日(金)全国ロードショー
【ストーリー】
将来的なキャリアと夫との関係に不安を感じている切り絵作家の翠、激務に追われるなかで理想と現実のはざまで苦しみながらも厚生労働省で働く若手官僚の鷹野、幼なじみを助けたことでいじめの標的になってしまった学級委員長の少年。それぞれの心に葛藤や苦しみを抱えていた3人の人生が交錯したとき、言葉の力によって、一筋の希望の光が差し込もうとしていた……。
(ライター 志村昌美、写真 厚地健太郎、スタイリスト 番場直美、ヘアメイク 岡野瑞恵)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。