コロナで再注目 石器時代からある手袋の意外な歴史

日経ナショナル ジオグラフィック社

手袋を着用する人が増えると、最初はイタリアやスペインに、やがて英国や南北米大陸に、手袋の取引を中心とする町やコミュニティーが生まれた。英国では、1349年に設立され、今日も王室の行事などで活躍するロンドン手袋職人名誉組合を筆頭に、多くの手袋職人組合が組織された。米ニューヨーク州グラバーズビル(Gloversville)では、「手袋職人の場所」というその名にふさわしく、20世紀半ばまで、世界の手袋の約90%と、米国のなめし革の大半を生産していた。

手袋職人の男性は工場で働き、女性の多くは自宅で縫製をしていた。彼らは革の裁断の仕方や縫い方を工夫して、よく伸びつつも形を保ち、指にぴったりとフィットする手袋を作った。ほとんどの職人は、1764年にフランスで出版されたディドロとダランベールの『百科全書』に記されていたのと同じ、4つのピースからなる単純そうな型紙を使っていた。この型紙は今日の工場でも見られる。「この数百年、手袋の作り方は何も変わっていません」とレッドウッド氏は言う。「伸縮性のある素材は増えましたが、型紙はほとんど変わっていません。一見、単純そうですが、ぴったりフィットする手袋を作るのは非常に難しいのです」

ある愛の物語

職人たちは昔から手袋を使っていた。鍛冶屋は肘の上までくる耐火性の手袋をしていたし、庭師は丈夫な革手袋をしていた。しかし、医師が手術や検査の際に手袋を着用するようになったのは1894年からだった。それはラブストーリーとして始まった。

当時、米ジョンズ・ホプキンス大学病院の初代外科医長をつとめていたウィリアム・スチュワート・ハルステッドは、手術室看護師のキャロライン・ハンプトンに引かれていた。キャロラインの手は、病院内の消毒に使う石炭酸などの強い薬品でひどく荒れていたので、ハルステッドはゴム会社に彼女専用のラテックス手袋を作らせた。手袋のおかげでキャロラインの手荒れは治り、ほかの医療従事者たちも手袋を着用するようになったという。のちにキャロラインとハルステッドは結婚することになる(彼らの関係とハルステッドの生涯は、クライブ・オーウェン主演の2014年のテレビドラマシリーズ『ザ・ニック』のモデルになった)。

2018年、中国河北省の工場で医療用手袋を製造する工場労働者たち。中国は年間130億組以上の医療用手袋を製造して世界に輸出している(PHOTOGRAPH BY YANG SHIYAO, XINHUA/EYEVINE/REDUX)

1960年代に帽子とともに衰退

20世紀に入っても手袋はまだ日常的に使われていた。ドライブ用手袋は男性が自動車を運転するのに便利だったし、女性たちは前世紀と同じぴったりした長手袋をつけていた。不思議なことに、1918年から1919年にかけてのインフルエンザのパンデミック(世界的な大流行)の際にも手袋は広く着用されていたが、手袋が感染を防ぐという認識はなかったようだ。「新型コロナウイルスではものの表面に付着したウイルスによる感染が警戒されていますが、『スペインかぜ』の時代には、人々は咳とくしゃみによる感染しか警戒していなかったのです」とレッドウッド氏は言う。

スペインかぜのパンデミックが終息した1920年代になると、新たな楽観主義と自由の風潮から、女性用の膝丈のフラッパードレスや男性用のカジュアルなスポーツウエアなどの新しいスタイルが生まれた。「女性の髪やスカートの丈が短くなっていったように、手袋も短くなり、フォーマルさは薄れていきました」とビンセント氏は言う。それでもドレッシーな手袋は消えなかった。女性たちは1960年代になっても社交や仕事の場で手袋を着用しつづけた。レッドウッド氏は、「女性たちはタイピングをするときにも手袋をしていました。すぐにインクで汚れてしまうので、非常に高くつきました」と言う。

1960年代後半の社会やファッションの激変により、とうとう「きちんとした社会では誰もが手袋をしなければならない」という考え方がなくなり、手袋は冬場や庭仕事に使う実用品になった。「女性が帽子をかぶらなくなったのもその頃です」とスティール氏は言う。「帽子やネクタイをしていないと品位を保てないというブルジョワ的な慣習は葬り去られ、人々は好き勝手な服装をするようになりました」

しかし、誰もがマスクをし、ひっきりなしに手を消毒している今日の世界では、そんな手袋が復活してくるかもしれない。スティール氏は、「おしゃれな人たちは、醜い紫色のラテックス製手袋を着用しつづけたくはないでしょう」と言う。「リトル・ブラック・ドレスならぬシンプルな黒い手袋を製造すれば、欲しがる人はきっといます」

次ページでも、様々な場面で活躍する手袋を写真で紹介しよう。

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