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新しいガイドラインでは「減酒」も治療目標に

軽度の依存症の場合は“減酒”も目標となりうるという

治療ギャップを高くする理由の1つに、これまでは治療方法が“断酒”しかないことも大きかっただろう。自分の飲み方に問題があることを知りながら、どうしても専門医療機関には行きたくない。「酒をやめるくらいなら死んだほうがマシ」という心理だ。しかし、最近は治療の選択肢が増えているという。

「これまでアルコール依存症の治療は“断酒”の継続が唯一の目標とされてきました。しかし海外の研究を見ると、軽度の依存症の場合は“減酒”(飲酒量の低減)を維持できることが多い。ヨーロッパでは実に26カ国が減酒を治療オプションとして認めているのです」(樋口さん)

そこで日本でも2018年に「新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン」が出された。従来のガイドラインよりも早期診断と治療に重点を置いており、「断酒」しかなかった治療目標に「減酒」も加えたことが大きな特徴となっている。

具体的には「一つの選択肢として、まず飲酒量低減を目標として、うまくいかなければ断酒に切り替える方法もある」「軽症の依存症で(中略)飲酒量低減も目標になりうる」と書かれている。考えるまでもなく、酒飲みにとって断酒と減酒では全然違うだろう。

久里浜医療センターでは、それに先駆けて2017年から「減酒外来」を始めた。減酒で目標とする飲酒量は生活習慣病のリスクを高めないアルコール量だ。

厚生労働省では「生活習慣病のリスクを高めるアルコール量」を男性は1日40g以上、女性は20g以上としている。アルコール20gとは、ビールなら中瓶1本(500mL)、日本酒なら1合(180mL)、ワインならグラス2杯(240mL)、ウイスキーならダブル1杯(60mL)程度。つまり男性の場合、「日本酒なら1日2合以内」が減酒の目標になる。

さらに、これまでアルコール依存症に使われる医薬品は「離脱症状を抑えるもの」(抗不安薬や睡眠薬)と「断酒を維持するもの」(酒が飲めなくなる抗酒薬)しかなかったが、2019年から新たに「飲酒量を減らすもの」が登場した。セリンクロ(一般名ナルメフェン)は飲酒欲求を抑える作用で減酒をサポートする処方薬だ。

軽症の患者は減酒そのものを治療目標にする。断酒すべき重症の患者も、最初のステップとして減酒を目標にする――。どちらにしても、減酒という選択肢は医療機関の敷居を低くし、治療ギャップを少なくしてくれるに違いない。

新型コロナの影響は?

2020年最大の話題は何といっても新型コロナウイルスの世界的流行だろう。

この影響によって「外で飲む機会が減って家飲みが増える」「DVや児童虐待が増える」「アルコール依存症患者の飲酒再開が増える」といった事態が予想されたが、実態はまだ明らかになっていないという。

緊急事態宣言が出された時期はアルコール消費量が減ったが、それは一時的な現象にすぎなかった。「国税庁のデータによると、ステイホームが推奨された4月と5月は例年よりもアルコール消費量が減りましたが、6月から元に戻っています」と樋口さんは指摘する。

ロンドンで通院していたアルコール使用障害者の酒量はロックダウンの前後でどう変わったのかを調べた報告がある。182人の回答者のうち、酒量が増えたのは43人、減ったのは34人、変化なしが105人であり、全体に大きな影響はなかったようだ。

2020年6月から8月にかけて、久里浜医療センターは全国の断酒会に「新型コロナと生活・健康」に関する調査を行った。2970名(対象の46.6%)が回答し、現在データを解析中だという。

「新型コロナによってインターネット依存症患者のネット使用時間が増えたことは確認されていますが、アルコール依存症患者への影響はまだ分かっていません。ただし、飲酒という行為は感染リスクを高くします。集まってお酒を飲むだけでも危険ですし、酔ってくると手洗いなどの感染症予防対策も不十分になる。お酒を飲むときは普段以上に感染予防を意識する必要があります」(樋口さん)

「リスクの高い飲酒者」は減っていない

2014年に「アルコール健康障害対策基本法」が施行され、2016年にはそれに基づく「アルコール健康障害対策推進基本計画」が閣議決定された。「現在その見直しが進められており、年内に新たな案がまとまる予定になっています」とアルコール健康障害対策関係者会議の会長も務める樋口さんは話す。

その結果、2020年3月末時点で「地域における相談拠点」は39都道府県に、「専門医療機関」は37都道府県に設置され、どちらも今年度中(2021年3月まで)に全都道府県に設置される予定となっている。なお、最寄りの相談拠点と専門医療機関は依存症対策全国センターのHP(https://www.ncasa-japan.jp)で探すことができる。

未成年者と妊婦の飲酒率も大幅に下がった。一方、効果が見られないのが「生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者」、つまり男性なら1日40g以上、女性なら1日20g以上のアルコールを飲んでいる人の数だ。

2016年のアルコール健康障害対策推進基本計画では、男性13.0%、女性6.4%を目標としていた。しかし国民健康・栄養調査によると2018年の時点で男性15.0%、女性8.7%で、2010年からほとんど減っていない(女性はむしろ増えている)。

生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合(%)

生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合の年次比較/20歳以上、男女別、平成22~30年 出典:厚生労働省「国民健康・栄養調査」

酒は楽しいものだが、一方で注意が必要な“合法ドラッグ”でもある。飲みすぎは多くの病気のリスクを高くし、アルコール依存症にも直結する。重症の依存症になってしまえば好きな酒も飲めなくなってしまう。好きであればなおのこと、常に“減酒”を心がけて末永く節度ある酒を楽しみたいものだ。

(文 伊藤和弘、図版 増田真一)

樋口進さん
国立病院機構久里浜医療センター 院長。1979年、東北大学医学部卒業。米国立衛生研究所留学、国立療養所久里浜病院(現・国立病院機構久里浜医療センター)臨床研究部長、国立病院機構久里浜アルコール症センター副院長などを経て、2012年より現職。アルコール健康障害対策関係者会議会長、日本アルコール関連問題学会理事長、国際アルコール医学生物学会前理事長。『今すぐ始めるアルコール依存治療』(法研)など著書多数。

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