スランプにも原因が必ずある
ちなみに、スランプという言葉がありますが、結果が出ないことをスランプという一言で片付けてしまうのは、目の前の問題から逃げるようで、私は好きではありません。
私もスランプに陥ったことはあります。北京五輪後の2008年のルール改正で、ラケットにラバーを貼るスピードグルー接着剤(ボールのスピンと性能が高まる有機溶剤)の使用が禁止になり、「一発で打ち抜ける強打を身につけたい」という一心からラケットやラバー、練習内容もガラリと変えました。すると、練習でボールが台に入らず、それまで勝てていた選手に勝てなくなるなど、自分の卓球がグチャグチャになってしまったのです。原因は、北京五輪でメダルに届かなかった悔しさから、全てをいっぺんに変えてしまったことにありました。いったん落ち着いて、コーチのサポートを得ながら元のプレースタイルに戻し、そこから新たな課題に取り組むことで、少しずつ調子を取り戻すことができました。
やはり、結果が悪ければ必ず原因がある。現状を見つめ直し、焦らず落ち着いて、原因を探ることが大事。時間がかかったとしても、スランプを抜け出す可能性は高まると思います。
伝説の雀士に素振りを見てもらう

――平野さんは読書家でいらっしゃって、経営本から卓球で強くなるためのヒントを見つけたり、卓球とは関係ない分野からも貪欲に学ばれたりしていましたよね。
通常のメンタル本などを一通り読んだり、メンタルトレーナーと呼ばれる方の話を聞きにいったりしました。とにかく卓球の役に立つのならと、卓球の世界にこだわらず自分が興味を示し、知りたいと思ったことは積極的に調べて追求して、会いたいと思った人にはためらわずに会いにいきました。
卓球に役立つと思って古武術の動きを習ったり、北島康介さんや萩野公介選手に金メダルを取らせた競泳の平井伯昌コーチに話を聞いたり、「20年間無敗」を誇る伝説の雀士・桜井章一さんの思考も学びにいったりもしました。
桜井さんに会いにいったのは、北京五輪前の23歳のとき。彼の著書を読んで、感動したのです。勝負に対する心構えや視点が、あまりにも一般論とかけ離れていて、なんて面白い思考の持ち主だと新鮮に感じました。麻雀(マージャン)の心理戦が卓球にも役立つかもという気持ちもありましたが、純粋に桜井さんの考え方や生き方に触れたい、彼から見た私はどんなふうに映るのかを直接聞きたくて、「これから人生最大の大勝負が待っています。勝負に対する心構えを教えてください」と手紙を送り、東京都町田市にある雀荘に向かいました。麻雀はまだ一回も打ったことがなく、ルールも知りません。もちろん、雀荘にも行ったことがなかったので、ドアを開けた時の異様な雰囲気に一瞬たじろいだことを覚えています(笑)。
桜井さんは会うなり、「素振りしてみて」とおっしゃいました。ラケットを持ってきていたので、バッグから取り出してその場で素振りをすると、「平野さん、あなた左手がうまく使えてないね」と言われました。卓球ではラケットを持たない手をフリーハンドと言いますが、確かにフリーハンドはボールを打ったり、動きの中で体のバランスを維持したりするために重要な部分。いきなり左手をうまく使えばいいという、専門家でもない人からの鋭い指摘にただ驚き、ああやっぱり面白いな、桜井さんの話をもっと聞きたいなと思いました。
――そのほかに、桜井さんから言われて心に残っていることは?
「早矢香ちゃんはすごく考えて試合をしているけど、大事なのは、考えることよりも流れを感じてつかむことなんだよね」と言われて。当然流れは目に見えないもので、理解して実行するのはすごく難しい。でも、肌で感じることが大切で、言葉で表すと「直感」とか「ゾーンに入る」がイメージに近いと思います。私も何度かゾーンに入ったことがあります。言葉にするのは難しいですが、台がいつもより小さく見えて俯瞰(ふかん)している感覚になったり、ボールが来るところにすでに自分が立っている感覚になったりしました。どうすればゾーンに入るのか、分かりませんでしたが、桜井さんが話された「流れをつかむ」とすごく通じることがあって、そうした目に見えない「感じること」を大事にしました。
理論派の私は、直感やひらめきが足りないタイプだと思っていました。でも振り返ると、体の動かし方はもちろん、人間関係や人生の大きな選択などは、直感や違和感で判断してきたように思います。直感って天から降ってくるイメージですよね。でも私の場合、心のよりどころであり、自分を信じる根拠であった、人よりも多い練習量や経験の積み重ねで、直感も磨かれたような気がしています。
(第2回に続く)
(ライター 高島三幸、写真 厚地健太郎)
