アラブ初の火星探査機 「科学大国」の復興目指す

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/8/14

コロラド大学大気宇宙物理学研究所のプログラムマネージャー、ピート・ウィズネル氏は、「UAEはあえて困難な方法を選びました。リーダーシップからエンジニアに至るまで、すべての段階において、深く関わっていたのです」と話す。

UAEで火星計画が立ち上がってから6年間、全く何もないところからここまで来たと、アル・アミリ氏は言う。「宇宙科学という、私たちにとっては全く未知の新しい部門を作るところから始めました」。HOPE科学部門のメンバーは、80%が女性であるという。UAEでSTEMを学び、職業とする女性の割合が高いことを示している。

HOPE探査機の前に立つエミレーツ・マーズ・ミッション・チームのメンバー(MOHAMMED BIN RASHID SPACE CENTRE)

「私たちにとっては、いたって普通のことです。能力が認められる、それだけのことです」と、アル・アミリ氏は言う。

ところが、建国50周年に間に合わせるために急ピッチで進めてきた計画が、直前になって大きな壁にぶつかった。新型コロナウイルス感染症の流行により、各国の空港が閉鎖され、産業は世界的にほぼ休止状態になってしまったのだ。

シャラフ氏らは、計画を前倒しすることにした。日本到着後2週間隔離されることを計算に入れて、予定よりも早く先発チームを日本の打ち上げ場へ送り込んだのだ。探査機は、米コロラド州から最終試験のためドバイへ送られ、その後、名古屋にある中部国際空港を経由して船で種子島宇宙センターに到着した。

火星で何を調べるのか

HOPE探査機は、21年2月に火星に到着し、この惑星の赤道上空2万~4万キロを楕円形に周回する予定。過去に火星に送られたどの人工衛星よりも高い軌道を周回することで、火星全体の気象パターンを観測することが可能となる。

「火星の気候システムは大変複雑です」と、フランス人宇宙物理学者で火星専門家のフランソワ・フォージェ氏は言う。例えば、火星の巨大な砂嵐は、時にこの惑星全体を包み込み、太陽の光を遮ることすらある。また、火星の大気のほとんどは二酸化炭素で、その一部は冬になると固体(ドライアイス)になって極冠を形成する。

従来のほとんどの火星周回衛星は、極地の周りの低い位置を飛行している。こうすると詳しい地上の調査は可能だが、火星全体の気象パターンを見渡すことは難しい。HOPE探査機は赤道上空の高い位置を飛ぶため、1年間を通じて、広範囲な火星の姿を観測できる。

火星の下層大気と上層大気間で起こっている対流を調べ、宇宙空間へ流れ出す水素と酸素を計測することもできるだろう。それは、かつて火星の大気にあった水がどのようにして失われ、生命の宿る惑星から死の世界へ変化したのかという長年の謎の解明に役立つかもしれない。探査機の軌道からは、最長12時間連続で1カ所を観測し続けられるので、砂嵐の発生など、リアルタイムで気象現象をとらえることもできそうだ。

だが、こうした発見以上に、宇宙への進出はアラブ世界にとって重要な科学的躍進の第一歩であり、古い時代への回帰を意味している。

「かつて人々は共存し、お互いの違いを受け入れていました」。シャラフ氏は、中東で科学と文化が大きく発展した8世紀から14世紀までの時代について、そう語った。「互いの違いを受け入れられなくなった途端、私たちは後退を始めてしまいました」

シャラフ氏は、火星への到達が新たな世代に夢を与えることを願っている。「この計画は、未来の英雄たちを作るという目的もあるのです」

(文 KAREEM SHAHEEN、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年7月23日付]

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