心臓を一突きされたハクトウワシ 真犯人は意外な動物

2019年7月、米メーン州ブリッジトンの猟区の管理所に変わった通報があった。死んだハクトウワシがハイランド湖に浮かんでいるというのだ。生物学者はハクトウワシは撃ち殺されたか、鉛製の釣り具で中毒死したと考えた。どちらも、野鳥の死因としてはよくある話だ。
ところが、事実は違った。ハクトウワシの死体を検査したところ、心臓にまで達する刺し傷があったのだ。この傷をつけたのは銃ではなく、水鳥の一種ハシグロアビの短刀のようなくちばしだった。
メーン州内水漁業野生生物局の野生生物学者ダニエル・ダウリア氏は「アビがワシを殺した記録はなく、これが初めてです」と話す。
ハクトウワシの近くでアビのひなの死体も見つかっていることから、ワシがアビの巣を襲撃し、ひなを守ろうとした親がくちばしでワシを突いたのではないかとダウリア氏は考えている。メーン州を含むニューイングランド地方で、似たような報告がある(ダウリア氏)。1970年代に絶滅の危機に直面したハクトウワシだが、その後、個体数が順調に回復していることが背景にある。
アビとワシはどちらもハイランド湖の頂点捕食者で、お互いに競い合う存在だ。
一見すると、アビは平和を好む穏やかな水鳥に見えるが、カナダガンからアメリカホシハジロ、そして何より仲間のアビまで、無差別に襲撃する凶暴な面がある。
ニューハンプシャー州で活動するアビ保護委員会の上級生物学者ジョン・クーリー氏は「何千年も前から続いていることです」と語る。「湖の上で起きている適者生存です」
ごく最近まで、ハクトウワシの個体数は少なく、アビとの争いを目にするような機会はなかった。米国の国鳥であるハクトウワシは07年に米国の絶滅危惧種リストから外されたばかりで、現在、全米に数十万羽が生息し、メーン州には700組以上のつがいがいる。
今回の出来事を知った専門家たちは「絶滅の危機にひんした種が、本来はどのように行動しているのかを知っておくべきだ」と口をそろえる。
意外なアビの武器
ところで、ダウリア氏にアビの攻撃を説明してもらった。アビは水面で争いを繰り広げたりはしない。一度、水中に潜って「魚雷のように」水面に飛び出し、敵をくちばしで一突きするのだという。もちろん、通常であれば、多くの場合の「敵」とはライバルのアビだ。
「縄張り争いで、よく見られる光景です」とダウリア氏は話す。「攻撃されて負傷したアビが、命を落とすこともあります」
アビ保護委員会のクーリー氏は、胸部の骨が穴だらけのアビを見たことがあるという。「私たちが調べているアビの死体の半数以上に、命を落としたワシと同じような刺し傷の跡がありました」
ちなみにニューハンプシャー州では、26年以上も同じ縄張りを守り続けている長生きのアビも確認されている。
「アビにとって湖はとても重要です。なにしろ彼らにとっては小さな王国のようなものですから」とクーリー氏は話す。

弱肉強食の世界
成鳥のアビの体重は5キロ近くになるため、ハクトウワシでも巣まで運ぶには大きすぎる。
だが、ひなとなると話は別で、ワシから見れば格好の獲物となる。研究者は最近、個体数を増やしているハクトウワシがニューイングランド州のアビの個体数にどのような影響を与えるかを調査し始めた。
クーリー氏が主導した研究では、ハクトウワシが近くにいる場合、アビの巣は放棄されるケースが多いことが分かった。
「だからとって、必ずしも悪いことではありません」と指摘するのは、バーモント州生態系研究センターの生物学者としてアビを研究するエリック・ハンソン氏だ。
ハンソン氏はメール取材に対し、「バランスは保たれています」とコメント。「ワシは食べるために、アビはひなを守るために、どちらも最善を尽くします」
バーモント州の各地では過去20年、アビの個体数は増加または安定している。ダウリア氏によれば、米国北東部で、アビの個体数の約70%が生息するメーン州でも繁栄しているという。
その一方で、ニューハンプシャー州では絶滅危惧種に指定され、マサチューセッツ州では特別懸念種に分類されている。いずれも湖岸の開発、釣り具、気候変動といった脅威によるものだ。
ワシの死の原因が人でなければよい
アビとハクトウワシは敵対しつつも互いを絶滅に追いやるようなことはないようだ。クーリー氏は、昔からの関係を取り戻そうとしているように見えるとは述べている。
同様の例はいくつもある。保護活動のおかげで、ハイイロアザラシが生息地のケープコッドに戻ってきたとき、アザラシを追うホホジロザメも目撃されるようになった。90年代半ば、イエローストーン国立公園にオオカミが再導入された際には、ヘラジカからコヨーテ、ポプラからヤナギに至るまで、科学者が当惑するほど生態系に変化が見られた。
保護が強く望まれているハクトウワシを、ハシグロアビが殺してしまったからと言っても、自然界でこうした出来事が見られることこそが、種の回復のゴールになるとクーリー氏は考えている。
「ハクトウワシの死因が、鉛製の釣り具が原因で命を落とすことに見られるような人間に関係したものでなくなってほしいですね。ワシにとっての最大の脅威がアビだけになる日が早く来てほしいと願っています」
(文 JASON BITTEL、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年6月30日付の記事を再構成]
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