東日本大震災の時は、岩手県に伝わっていた「津波てんでんこ」という言葉が注目されました。津波が来たら他の人のことは考えずに自分一人で逃げろという意味で、それを知っていた人は高台に逃げることができた。地域で語り継がれてきたこうした言い伝えも、こころの相続です。それが後世にきちんと伝わっていないと、悲劇が繰り返されてしまいます。

――今年で戦後75年。戦時中を知る人が少なくなる中、戦争の記憶をいかに次代につないでいくかも日本の課題です。

当時戦地を経験した人は90歳以上になる。そうした人の話を聞くことができる機会はどんどん減っています。一方で、戦争について記した書物や出来事をまとめた年表などの資料は山のようにある。しかし、そうした活字で書かれた「歴史」を読んでいつも思うのは、それが真実だと思えないということ。どれも私が経験した戦争とはまるで違うのです。

――どこが違うのでしょうか。

例えば戦前は日本中が暗いムードに包まれていたといわれますが、僕の記憶にある戦時中の日本はむしろ高揚感に満ちていました。大東亜共栄圏建設に向けて一丸となって進むことが正しい道だと多くの国民は信じさせられていたからです。5歳の頃、父に連れられて街に出たら歓喜に沸いた人々があちこちで万歳を連呼したりちょうちんを手に歌ったりしていた様子を鮮明に覚えています。日本軍の南京陥落の知らせに、興奮した人々が街に出て騒いでいたのです。しかしそうした雰囲気は、どの歴史書を読んでも描かれていない。

僕の記憶と、歴史として教えられる戦争が全く違うのは、その時代を生きていた個人の記憶や経験があまり語られていないからではないでしょうか。歴史とは本来、個人の経験や記憶が束ねられてできるものであるべきなのに、今語られている戦争の歴史のほとんどは、出来事を並べ、大局を説明するだけの年表にすぎない。日本社会にとって最も重要な戦争の記憶がきちんと相続されていないことを憂慮しています。

――戦前・戦後、高度経済成長、バブル崩壊、失われた30年。日本の変遷を見つめてきた五木さんの目に、今の日本はどう映りますか。

今は新型コロナウイルスの感染拡大で社会全体が不安にさらされていますが、この問題が収束した後も、令和は困難な時代になるのではないかと予感しています。

戦後の日本は、生きていくのは大変だったけれど新しい時代をつくるエネルギーに満ちた明るい時代でした。平成には大きな震災がありましたが、国民が絶望することなく、基本的に穏やかに過ぎていった。しかし、令和になってにわかに、社会を揺るがすような出来事が相次いでいます。令和は激動の時代になるのではないでしょうか。

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