あっこゴリラ 「才能ない側」から自己肯定感を爆アゲ
読売テレビの番組企画「御社のMVつくります」で誕生した日経WOMAN編集部のMV(ミュージックビデオ)に、自身の楽曲『余裕』を提供してくれたラッパー・あっこゴリラさん。最新EP『ミラクルミー』の中では「自己肯定感爆アゲ」をテーマにした楽曲を発表しているものの、かつては「自己肯定感が地にめり込むほど低かった」と語ります。考え方が変わったヒントはどこにあるのでしょうか? 自己肯定感、フェミニズム、そして音楽。彼女を形作るキーワードを基に、その人生をひもときます。
私は「才能がない側」の人間だった
現在31歳のあっこゴリラさんが音楽活動を始めたのは20代前半。同じ美容専門学校に通っていた女友達と2人組のバンドを結成し、小学校時代に遊びで経験していたドラムを担当。「シンガーソングライターのボーカル」と「ドラム」という2人組で活動するうちに「才能がある側とない側」でポジショニングされているように感じた。
「『私はダメなんだ』と思っているうちに、言いたいことが言えなくなって、自分の意思や本当の感情もまひして分からなくなる。バンドが活動休止したときは、心が壊れている状態に近かったですね。誰にも認めてもらえない、居場所がない、自分も人も信じられない。その自分の気持ちの確認作業をするように、『愚痴のラップ』を始めました」
これまでため込んでいたものを解放するように、誰に聞かせるわけでもなく、彼女はラップの宅録(自宅での録音)を始め、自分の思いをラップを通して確認していった。
ラップは「究極の自己カウンセリング」
時を同じくして「休止中のバンドを忘れられないでもらうためにできることはないか」という理由で、ソロでラッパーとしてライブ活動を始めた。バンドが正式に解散したのは2015年、自身が26歳のときだった。
「ライブのオファーも仕事もない、お金もない、なんにもない。その上、自分をずっと才能がない側だと思って生きてきたので、自己肯定感も地底にめり込んでる(笑)。でも、悔しくて、絶対に負けない、見返してやるという気持ちが強くありました」
そこからは「バイトはしない」と決め、手当たり次第に多くの人に会いに行き、ライブハウスやクラブ、時には誰かの誕生日パーティーで、ソロのラッパーとして毎日のようにライブを続けた。「今日のメシ代を稼ぐ!という思いで、自作のCDも売りまくりました」。
ラッパーが即興で言葉を吐き出して競い合う「MCバトル」にも参加した。それは、自分の思いを嫌でも確認させられる作業だった。
「相手にディスられて、『違う、私はこうなんだ!』と言い返す。それを繰り返し続けるって、究極の自己カウンセリングですよね」
2016年、27歳のときにインディーズでアルバムをリリース。2017年には女性のみのMCバトル「CINDERELLA MCBATTLE」で優勝。初代No.1フィメールラッパーとして注目される。
リズムで会話する動物、ゴリラに魅了されて名乗り始めた「あっこゴリラ」が、いつしかアーティスト名になっていた。
今回日経WOMANのミュージックビデオに提供してくれた楽曲『余裕』は、2018年のメジャーデビュー曲。周りの空気を読んでいる間に人生があっという間に終わる、だから自分を信じて、自分を見下す前に、場違いなことでも繰り返せ、今日を積み重ねて自分をつくれーー。
3年近い年月をかけて自らを売り込みながら「伝えたい言葉」を磨き、音楽を通して「自分とは何か」を確認した。『余裕』には、その過程で生まれた強いメッセージが込められている。
「よくいわれる、『生きているだけですごいよ、大丈夫だよ』という言葉って、当時のひねくれた私にとっては、負けていること前提の敗者に対する言い方に聞こえたんですよね。それよりは自分軸で世界を見て、世界と対等に向き合っていきたい。余裕、という言葉はそこから生まれています」
自己肯定感は「積み重ね」でしか生まれない
『余裕』でメジャーデビューしてから2年弱。2020年2月にリリースしたEP『ミラクルミー』に収録された『やっちーまいな』という曲は、「自己肯定感爆アゲ」をテーマに書いた曲だという。
「自己肯定感っていう言葉は流行っていて、手垢(あか)がついたような言葉に聞こえたりもするけれど、私にとっては大事。なぜかといえば、『自分が悪い』と思って生きてきた時間が長いから」
彼女にとって重要な価値観は、「正しいかどうか」ではなく、「かっこいいかどうか」。あるとき、「自信があるって、すごくかっこいいことだ」と気づいた。
そう考えるようになったきっかけは、高校生のときに出会ったバンド「ナンバーガール」のボーカル兼ギターの向井秀徳さんだという。自信に満ちあふれているその姿は、とにかくかっこいい。その影響を強く受け、自信を持てるように頑張ってきた。
自信を持つコツは、「積み重ね」だという。
「小手先の『自分を好きになる方法』で一瞬救われた気になるけれど、人は簡単に変わらないし、本質的には救われない。でも、きちんと自分に向き合って、一つひとつ行動して習慣にして、ひたすら自分のレベルを上げていけば、確実に変われる。私がやっているのは、思いついたらすぐ行動すること。思いをため込まず人に言うこと、自分のセンスをしっかり磨くこと」
もう一つは、世の中の評価に依存しない「自分の物差しを持つこと」。
「多くのアートや人、国や文化に触れて、何がすてきと思うかの価値観を積み上げてきました。結局『オリジナリティー』は、自分が何を見て触れてきたかのミクスチャー。それを丁寧に作り上げていくことは、間違いなく自信になります」
とはいえ、世間の目が気になったり、誰かに否定されたりしたとき、その自分の軸は崩れてしまわないのだろうか。
「周囲の『それは変だ』という声に負けてしまうことはしょうがないけど、でもそこは踏ん張らないと自分が死んでしまう。だから最初に何が好きかをきちんと積み上げるのが大事です。ファッションひとつ取っても、自分がかわいいと思うものよりも世間一般の物差しを優先すると、だんだん人生観や人間性まで誰かの物差しになってしまう」
自身の強さと弱さに向き合いながら生まれた『ミラクルミー』『超普通』『やっちーまいな』など5曲を収録。「仕事や私生活で苦しかった2019年をプラスに感じることができた作品」。 (ソニー・ミュージック/CD通常盤1500円/Spotify/Apple Music & iTunes Store/LINE MUSIC/AWA ほか)
音楽で誰かを救って、世界を良くしていきたい
『余裕』をはじめとしたいくつかの楽曲は、自分を打ち出していくときに感じる、ある種の「同調圧力」に打ち勝つ装置ということも意識して作っている。
最初は「見返したい」気持ち、そして生活のためにライブに出た彼女は、今は「誰かを救いたい」気持ちが原動力になっている。
「たとえ人を見返すことができても、終わりはないんですよ。今は簡単に言うと、世界を救いたい気持ちでやっています。世界平和のために……というと大げさかもしれないですけど、ちょっとでも自分ができることをして、世界を良くしていきたい」
世界を良くするため、彼女が自分と向き合って見つけた考えのひとつが「フェミニズム」だった。
(取材・文 後藤香織、写真 名和真紀子)
[日経doors 2020年3月28日付の掲載記事を基に再構成]
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