「腸から健康長寿」目指す 食物繊維を意識した食事を
人生を健康に生き抜くポイントの1つが腸の健康と指摘する医師や研究者が増えている。糖尿病や心血管疾患、がんといった病気にかかるリスクから、認知機能の低下など脳の老化まで、広く腸が関わっていることが明らかになってきたからだ。では、どんな食事をし、どのような腸内環境を持つ人が健康長寿を手に入れているのか。それを解明しようとする研究が進む。浮き彫りになってきた条件をみてみよう。
「腸内細菌叢(そう)を分析すれば、その人が15年以内に死亡するリスクを予測できるかも」とする記事が今年1月、著名な科学誌「Science」に掲載された。フィンランドで行われている研究などを引用しつつ、腸内細菌叢からその人がかかっている病気や死亡リスクを予測できる時代が近づいている、と考察されていた。
総務省統計局によると、2019年9月15日時点の65歳以上の高齢者は総人口の28.4%を占める3588万人、100歳以上の高齢者の数が7万人超だった。
しかし、厚生労働省が18年に発表した推計では、平均寿命と、介護などを必要としない健康寿命の差は男性で平均8.84年、女性で12.35年。「いかに健康を維持しながら長生きするか」が重要課題となってきた。
そして、健康寿命を伸ばすカギの1つとして注目されているのが「腸」というわけだ。
110年以上前に、ロシアのノーベル賞学者イリア・メチニコフ博士は、「病気になる人とならない人の違いが腸内細菌にあり、腸の中の有害菌が増えることで老化が加速される」という仮説を唱えた。これが、近年、実証されつつある。
きっかけは2000年以降急速に発達した腸内細菌の遺伝子やその生成物を解析する技術。これをもとに、肥満やメタボリックシンドローム、糖尿病、脳梗塞や心筋梗塞などの心血管疾患、大腸がんや肝臓がんなどのがん、自閉症や認知症など、生活習慣や加齢によってリスクが高まるさまざまな病気と腸内細菌のパターンとを関連付ける研究が続々と報告されてきた。
まだ、健康長寿をかなえる腸内細菌パターンが特定されるところまでは至っていないが、「少なくとも、ビフィズス菌や酪酸という物質を作り出す菌が腸に多いのはプラス」と、腸内細菌の専門家、京都府立医科大学大学院医学研究科の内藤裕二准教授は話す。
食べた食品が秘める力を引き出すことにも腸内細菌がかかわっている。例えば脂肪であれば、コーン油などに多いリノール酸やアマニ油などに含まれるαリノレン酸を、疾患リスクの低下や炎症の抑制にかかわるような機能性物質に変えるのにも、腸内細菌の働きが関係する。
「食事中の脂肪の吸収を促す胆汁酸を腸内細菌が処理した後にできる物質が、全身の体内時計の制御に関わることもわかってきた。世界中で行われている、食事や生活習慣と健康状態や、病気リスクなどの関連を調べる調査研究から、腸が健康長寿に重要な役割を果たす重要な臓器であるということは確実視されつつある」(内藤准教授)という。
100歳以上の腸には酪酸産生菌が多い
内藤准教授らによる腸と長寿に関する研究を紹介しよう。
調査対象は長寿者が多い地域として知られる京都府北部の「京丹後」と呼ばれる地域。「このエリアには、100歳以上の百寿者が全国平均と比べ約2.7倍おり、一方で大腸がん罹患(りかん)率は半分以下」と内藤准教授は語る。
「腸内細菌を調べて京都市内都市部の人の腸内細菌と比較してみたところ、この地域に住む人の腸内細菌が都市部と大きく異なることがわかってきた。まず大きな分類でいうと、有用菌で有名なビフィズス菌以外に、ファーミキューテスという種類の菌が明らかに多かった。そのなかでも腸だけでなく全身の健康に役立つと近年話題の酪酸という成分を作る菌(酪酸産生菌)が特異的に多かった」と内藤准教授は語る。
酪酸は熟したギンナンの皮や台湾の臭豆腐などから発生する臭いの強い成分。だが、腸内細菌によって腸管内で発生すると腸の上皮細胞の栄養となり、感染から守る働きをしたり、潰瘍性大腸炎などの原因となる過剰な炎症を抑える免疫細胞を増やしたりする働きがある[注1]。
さらに、腸で酪酸が増えたら、血糖値の制御に働くGLP-1というホルモンも増えて血糖値が安定したというヒト試験結果や、老齢マウスで腸由来の酪酸が脳機能の老化を進行させる炎症を抑えたという報告などが相次ぎ、腸内だけでなく全身に働くアンチエイジング物質ではないかと近年、医療の分野でも注目されている[注2]。
このような物質を生産する細菌が京丹後の高齢者の腸には多かったというのだ。
酪酸はその臭いにおい故、食品としてとることは難しいが、「食物繊維をとり、大腸内にビフィズス菌が多い状態だと酪酸産生菌は増えやすい」と内藤准教授。
「この地域は都会とは異なり、スーパーやコンビニが少なく、その土地でとれた野菜や魚を食べている人が多い。食事調査でも、都市部に比べ野菜や海藻などの摂取量が多く、高齢者の38%が毎日全粒穀物(精製されていない穀物)を食べていた。つまり、食物繊維を多くとっていたということ。また、この地域の高齢者は魚をよく食べ、肉を食べる回数が少ない。こうした食習慣が腸内細菌の違いに関係しているのでは」と内藤准教授は考えている。
腸内細菌のエサになる食物繊維を4週間摂取した人たちで酪酸生成菌とビフィズス菌の両方が増え、悪玉菌が減ったといった研究など、食物繊維摂取の重要性に言及した報告は多い[注3]。
前述の血糖値抑制作用をみたヒト試験も、酪酸が脳を守る仕組みを解明したマウスの試験も、食物繊維をとり続けた結果、酪酸が増えている。腸からの健康長寿のためには、まずしっかり食物繊維をとることが大切、といえそうだ。
[注1] Cell Host Microbe. 2016 Apr 13;19(4):443-54.
Nature, 504: 446, 2013 など
[注2] Science. 2018 Mar 9;359(6380):1151-1156.
Front Immunol. 2018 Aug 14;9:1832. など
[注3] Gut. 2017 Nov;66(11):1968-1974. など
死亡リスクを下げる食物繊維
しかし、残念ながら日本人の食物繊維摂取量は十分ではない。「戦後すぐの時期に1日25グラム以上あった食物繊維の摂取量が現在では平均14グラム程度にまで減り、すべての世代で減少している。その理由として、主食(穀類)からの食物繊維不足が大きく影響している」と内藤准教授。
厚労省の2020年版「日本人の食事摂取基準」では当初、食物繊維摂取目安量を1日24グラム以上に目標値を定めようとしたが、18歳以上の日本人の平均で1日13.7グラムしかとれていない現状を踏まえ、男性21グラム以上、女性18グラム以上という目標量に落ち着いた。
今年1月、国立がん研究センター予防研究グループが毎日の食物繊維摂取量と死亡リスクの関係について、45~74歳の約9万3000人を平均16.8年追跡して調べた結果を報告している。これによると、男女ともに食物繊維の摂取量が多いほど全死亡リスクと、循環器疾患による死亡リスクが低くなっていた。一方、がんによる死亡リスクは男性においてのみ、食物繊維の摂取量が関係していた。
食品別では、豆や野菜、果物由来の食物繊維摂取量は多いほど死亡リスクが低いという傾向が出たが、欧米の研究で死亡リスク低下にほぼ確実に関連があるといわれている穀類由来の食物繊維摂取量とは有意な関係が見られなかった。この理由について研究班は「欧米と比較して日本では穀類の中心が食物繊維含有量の少ない精白米であることが理由ではないか」としている。
主食に全粒粉など精製度の低い穀物を
米国・カナダや多くのEU諸国では、食事ガイドラインで全粒穀物摂取が推奨されている。全粒穀物とはふすまや胚芽を残した小麦やオーツ麦、大麦、玄米、ひきぐるみのソバなどのことだ。しかし、今のところ、日本ではそのような指針は示されていない。
欧米人は指導などを受け、シリアル類を朝食にするなどして全粒穀物を日々の生活に取り入れているが、日本では、白いご飯を主食にする家が多く、玄米ご飯や食物繊維が豊富な大麦を加えたご飯を主食にする家庭が多いとはいえない。これが、欧米に比べ、日本で穀物由来の食物繊維摂取量が少ない理由といえそうだ。
しかし、内藤准教授らの研究で、そんな日本の中でも、日常的に全粒穀物を食べている京丹後では百寿者が多いことがわかった。
19年、240以上の研究とそれに参加した計約1億3500万人分のビッグデータから、食物繊維と死亡リスクやさまざまな病気リスクの関係を解析した研究が発表された。その結果は総食物繊維量を増やしても、全粒穀物の摂取量を増やしても、どちらも死亡リスクが低下し、心血管疾患、2型糖尿病、大腸がん、乳がんといった病気のリスクが下がるというものだった。つまり全粒穀物からとる食物繊維は、これだけを十分にとっても効果が得られるということだ[注4]。
解析を行った研究チームは「1日あたりの食物繊維摂取量が25グラムから29グラムのときに、死亡や疾患にかかるリスク低下度が最も大きい」と分析している。
国立がん研究センターが発表した前述の研究では、一番多く食物繊維をとっていた群でも男性で1日平均は18.2グラム、女性で19.7グラムだった。私たち日本人の食物繊維摂取量が、その働きを確実に得るには少ないかがわかる。
京都府立医大の内藤准教授は「京丹後の高齢者が食べている全粒穀物の種類の分析はまだ終わっていない」と語るが、精製度の低い穀物を主食に取り入れ、納豆などの大豆製品や野菜、果物など食物繊維が多い食品を意識的にとる食生活を心がけるのが、「腸からの健康長寿」への近道といえそうだ。
食物繊維をたくさんとっていれば、腸内細菌が利用してビフィズス菌や酪酸産生菌などが増え、腹の中から病気に強い心身をサポートしてくれる。食事をとる際には、健康長寿と密接な関係を持つ腸内細菌たちにも思いをはせたい。
[注4] Lancet. 2019 Feb 2;393(10170):434-445.
(ライター 堀田恵美)
京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学教室
同大附属病院内視鏡・超音波診療部部長。京都府立医科大学卒業。炎症性腸疾患、腸内フローラ、消化器学を専門とする。著書に『消化管(おなか)は泣いています』(ダイヤモンド社)などがある。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。