9年前の幻のランキング再び 桜の絶景を楽しむ鉄道
NIKKEIプラス1は2000年4月1日に創刊し、20周年を迎える。20年の歴史の中で一度だけ、発行できなかったことがあった。東日本大震災翌日の2011年3月12日号だ。今号の「何でもランキング」では、幻となっていた「桜を楽しめる鉄道路線」を、改めて専門家に選んでもらった。新型コロナウイルスの影響で花見自粛が続くが、美しい写真は心を和ませてくれる。
1位 東北本線 大河原駅~船岡駅
規模感、他を圧倒
白石川(しろいしがわ)に沿って約8キロメートル、約1200本の桜並木「一目千本桜」の一部を車窓から堪能できる。宮城県大河原町出身の実業家、高山開治郎が1920年代に苗木を寄付、植樹して誕生した。日本さくらの会の「さくら名所100選」の地にも選ばれている。
多くがソメイヨシノだが、シロヤマザクラやヤエザクラなども。住民や関係団体による保護活動などにより、なかには樹齢100年近くのものもあるという。
専門家からは「白石川と桜に寄り添うように列車が走る区間はまさに圧巻の美しさ」(矢野直美さん)、「一目千本桜の規模感は他を圧倒する」(佐藤英也さん)と目を奪う景色を評価する声が多かった。開花の時期に合わせて、列車がスピードを落とした運行になるのもこの区間ならでは。仙台方面からだと、桜並木は進行方向に向かって右側だ。
「列車の窓から楽しむもよし、桜堤をそぞろ歩くのもよし」(ピート小林さん)と、下車して楽しめるスポットが多いのも人気の理由。2015年には東北本線の線路の上にかかる「しばた千桜橋」が開通し、列車と桜を見下ろせる場所が誕生した。両駅間は歩いて1時間弱。中間に位置する「船岡城址公園を上ると、あたり一面の桜に圧倒される」(野田隆さん)。(1)例年の見ごろ 4月上旬~中旬
2位 嵯峨野観光鉄道
美しい渓谷 存分に枝広げる
ほぼ全線にわたって桜を楽しめる観光列車。ソメイヨシノやヤマザクラなどが約700本植えられている。特に「保津川渓谷にかけて一帯に咲き乱れる様子は目を奪う。日常の騒がしさを忘れさせてくれる」(ピートさん)。
「架線などがなく、枝を存分に伸ばしたソメイヨシノのトンネルは圧巻」(西山正大さん)。木製の椅子と裸電球の懐かしい雰囲気の列車は時速約25キロメートル。景色の美しい場所ではさらに速度を落として走るため、ゆっくり味わえる。(1)3月下旬~4月上旬
2位 津軽鉄道
すぐそこに花 手が届きそう
見どころは芦野公園駅。全国的にも珍しい公園内にある駅で、園内にはソメイヨシノを中心に、1500本の桜が咲き乱れる。「駅付近は桜のトンネルになっており、花に手が届きそう」(宮嶋康彦さん)
春の訪れは遅く、大型連休に重なることも多いといい「開花時期が遅く見ごろも短いが、それだけに貴重な風景として記憶に残る」(小林覚さん)。近くには赤い屋根のレトロな雰囲気の旧駅舎も残されており、途中下車がおすすめだ。(1)4月下旬~5月上旬
4位 真岡(もおか)鉄道
里山の春 感じる
人気スポットはソメイヨシノが連なる北真岡駅周辺。菜の花が咲く時期には「ピンクと黄色のコントラストがすばらしい」(沼田阿友美さん)。同エリアだけでなく、久下田(くげた)駅=写真=や沿線を通じて「谷間の段々畑の中にぽつんと咲く姿も見られ、里山の春を感じる情景」(瀬端浩之さん)との声もあった。SLが走ることも。(1)3月下旬~4月上旬
5位 いすみ鉄道
風景、絵画のよう
新田野(にったの)駅周辺、東総元(ひがしふさもと)駅~久我原駅など、沿線に多くのビューポイントがある。「桜のトンネルがある東総元駅周辺は絵画のような風景が楽しめる」(矢野さん)。桜の多くはソメイヨシノで、運がよければ菜の花との競演が楽しめる。「菜の花のじゅうたんと桜のフェンスの中を列車が駆け抜ける光景はすばらしい」(瀬端さん)。(1)3月下旬~4月上旬
6位 嵐電(らんでん) 北野線
風情漂う路面電車
鳴滝駅~宇多野駅の約200メートルはソメイヨシノのトンネルに=写真。「京都唯一の路面電車が桜並木をコトコト走り、風情がある」(櫻井寛さん)。「散り始めた桜吹雪の中を走る電車も美しい」(鹿山晃さん)。2020年2月には、仁和寺(にんなじ)で育成されている遅咲きの「御室桜」が御室仁和寺駅に植樹された。沿線には桜で有名な寺や神社がある。(1)4月上旬
7位 肥薩線
鉄道名所も両方満喫
熊本県八代市と鹿児島県霧島市を結ぶ沿線で、見どころのひとつは西人吉駅付近の桜並木。大畑駅は、山をぐるりと巻いて上る「ループ線」の途中で列車が前後に進行方向を変えて急勾配を上る「スイッチバック」が実施される日本唯一の場所。「鉄道名所に美しい桜。両方を満喫できる」(小林さん)。SLや観光列車が走ることもある。(1)3月下旬
8位 会津鉄道
かやぶき屋根の駅舎も
山間を通る路線で、湯野上温泉駅=写真=は全国でも珍しいかやぶき屋根の駅だ。「おとぎ話の世界に紛れ込んだような美しさ」(矢野さん)。芦ノ牧温泉駅や芦ノ牧温泉南駅も桜スポット。「途中下車して温泉と山里の桜を楽しむのがおすすめ」(瀬端さん)。4月から週末を中心にトロッコ列車も走る。(1)4月中旬~5月上旬
9位 小湊鉄道
昭和の光景 癒やされる
木造の駅舎や無人駅が多い路線で、人気なのは飯給(いたぶ)駅と月崎駅付近。菜の花との競演が見られることもある。「車両や駅設備など『昭和』を思わせる光景が各所にあり癒やされる」(鹿山さん)と、昔ながらの情景を評価する人も多かった。河津桜が咲いて散ると、その後ソメイヨシノが咲くといい、比較的長く楽しめる。(1)3月中旬~4月上旬
10位 中央本線
大都会の混沌 忘れて
ソメイヨシノを中心とした外濠(そとぼり)公園や外堀通り沿いの桜が堪能できる。人気の理由は都会の街と桜のコントラストだ。「桜並木が大都市の騒がしさや混沌を忘れさせる」(宮嶋さん)、「都心でこれほどまでの見事な桜が線路沿いに咲いているのは感動。特急も走っているので、車内から眺めれば通勤電車とはひと味違うお花見ができる」(野田さん)。(1)3月下旬~4月上旬
花見自粛でも 桜の感動変わらず
2011年3月11日金曜日。記者は翌日に発行となるプラス1の最終チェックを終えて、ほっと一息ついていました。激しい揺れに襲われたのは、昼食に出ようとエレベーターに乗った瞬間でした。
翌日のプラス1は発行を取りやめました。次に出したのは3月17日。プラス1は土曜日発行ですが、このときだけは木曜日になりました。「何でもランキング」はテーマを差し替えて、「今すぐ実行できる節電方法」を掲載しました。
幻となったランキング。当時担当した記者が今回改めて専門家に聞いたところ、1位は前回と同じでした。東日本大震災の被災地、東北本線大河原駅(宮城県大河原町)から船岡駅(同柴田町)までの区間です。
3月上旬、現地を訪れました。まだ風は冷たく花が咲く気配はなかったものの、白石川沿いに見渡す限りの桜の木々が広がっていました。水色の空、深い青色の川、蔵王連峰に残る雪の白――。これからここに、桜のピンク色が加わります。大河原町観光物産協会の大槻文彦さんは「長年住んでいても、花が咲くと毎年感動してしまうんですよね」としみじみ。
もちろんここも、震災の被害にあいました。東北本線は運転を見合わせ、全線が再開したのは4月下旬。当時のことを聞くと、大槻さんは「でもここは全然。内陸でまだましな方でしたから」と話してくれました。柴田町商工観光課の天野敬さんも「水道や電気が止まったり家が倒壊したりはあったけれど、津波の被害ではないのでましでした」と振り返ります。
大河原町と柴田町が毎年開催する「桜まつり」は、当時中止となりました。それでも「訪れる人は多かった」(大槻さん)。以降、桜まつりの来場者数は年々増え、昨年は25万人以上が訪れるまでに。天野さんによると「最近は台湾やタイなどの外国人観光客も多くなってきた」そうです。
そんななか、新型コロナウイルスが発生しました。感染拡大防止のため、桜まつりは中止を決めました。2人とも「仕方ない」と言いますが、中止は震災以来です。今回のランキングに登場する多くの場所でも、祭りやライトアップなどが中止となりました。今は人の密集を避けなければならない時期です。ただ、来年以降も桜は咲きます。落ち着いたときにぜひ、訪れてください。(井土聡子)
ランキングの見方
調査の方法
今週の専門家
[NIKKEIプラス1 2020年3月28日付]
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