EVで旅して考えた 米国、脱化石燃料への道
今から50年後の2070年には、化石燃料を使わない暮らしが実現できているのだろうか? ナショナル ジオグラフィック2020年4月号では、その答えを求め、記者と写真家が電気自動車(EV)に乗り込んだ。2人は西海岸のサンタモニカから東海岸の首都ワシントンまで、米国を横断する旅を試み、各地の変化をリポートしている。
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国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、今後50年以内に温室効果ガスの排出をゼロにしなければ、気候変動の壊滅的な影響は避けられないと警告している。だが現状では、世界の化石燃料生産はむしろ増えている。米国はすでに石油と天然ガスの産出量で世界最大を誇っているが、2030年をめどに30%の増産を計画している。トランプ政権は、温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱を表明した。
その一方で、自然との調和を目指すエネルギー革命は進んでいる。世界全体では、今後5年間で再生可能エネルギーの発電容量が5割増加する見込みだ。
全米各地でも脱化石燃料の取り組みが進む。カリフォルニア州は、2020年から新築住宅に太陽光パネルの設置が義務づける。ロサンゼルスは今後8年で、EVの充電ステーションを2万8000カ所設置する計画だ。
レンタルしたEVで、砂漠の町モハベに入った。太陽光パネルに覆われた広大な土地を見下ろすように、何基もの風力タービンが並んでいる。再生可能エネルギーによる発電施設がこれほど密集している場所は、米国ではここぐらいだろう。
今や太陽光発電は驚くほど安上がりだ。主に公的政策の後押しと技術の進歩のおかげで、太陽光パネルの価格は1970年代以降、99%も下がった。政府が電力会社に再生可能エネルギー発電の割合を増やすよう義務づけたため、需要が急増し、生産効率が高まったからだ。出力1ワット当たりの太陽光発電の設置コストは10年前の5分の1になり、必要な面積は半分に減ったという。
米国では、住宅向けの設備から大規模な発電所まで含めて、太陽光発電施設が100万カ所に達したのは2016年で、導入開始から40年かかった。だが、そのわずか3年後の2019年には200万カ所に達し、2023年には400万カ所にのぼると予想されている。米国は現在、太陽光発電で1300万世帯の電力を賄える。しかも、新設される施設はどんどん大型化している。
目を見張る数字だが、この程度ではとても足りない。現在、米国の発電量に占める太陽光発電の割合は2%弱、風力は7%程度にすぎないのだ。世界全体でも似たようなものだろう。
国連の最近の報告書によると、気温上昇を1.5℃以内に抑えるには、世界全体で今後10年間、炭素排出量を毎年7.6%ずつ減らさなければならない。だが2019年には再び排出量が増えた。削減分を再生可能エネルギーで補うには、太陽光や風力による発電がこれまでの6倍のペースで成長する必要があると、報告書は指摘している。
実現するためには、鉄鋼とケーブルの生産能力の拡大、蓄電システム、送電線の整備などに大量の資源と資金をつぎ込まなければならない。しかし、米国の送電網は東部、西部、テキサス州の3系統に分かれており、陽光あふれる西部から東部に送電するには、送電網の抜本的な再構築が必要になる。
当面は、再生可能エネルギーがあまり普及していない東部で太陽光発電を増やさなければならないが、化石燃料が好まれる東部では施設の建設が許可されにくいだろう。今のペースでは国連の目標を達成できないという人もいる。
アリゾナ州ページ付近では石炭火力発電所が閉鎖に追いまれている。この流れは、もはや止められないだろう。米国では2010年以降、500カ所余りの石炭火力発電所が閉鎖され、さらに何十カ所も閉鎖される見込みだ。
2019年の石炭消費量は過去40年で最低に落ち込み、同年4月には再生可能エネルギーによる発電が初めて石炭火力を上回った。中国とインドでは今も石炭火力発電所の増設が進むが、変化の兆しは見える。中国では電力不足のときだけ操業するケースが多く、インドでは2018年に再生可能エネルギーによる発電量の増加が石炭火力による増加を上回った。
コロラド州にある米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)では、研究者のデビッド・ムーアに会った。白衣を着て手袋をはめたムーアは、クレジットカードほどの導電性ガラスの板に絵筆でたっぷりと液体を塗り、それを小さな太陽電池に変えてみせた。この液体は、太陽光のエネルギーを驚くほど効率的に集める半導体結晶の一種、ペロブスカイトの溶液だ。ペロブスカイトは革命的な新技術で、太陽電池を爆発的に普及させ、価格を大幅に下げると一部で期待されている。
テキサス州は石油産業で知られるが、風力発電もさかんで、今では世界の上位4カ国に次ぐ発電量を誇るほどになっている。
米国はその気になれば迅速に動く国だと話す人もいる。第2次世界大戦中の1940年、米軍から軽量の偵察車の開発を要請された自動車メーカーはすぐさまそれに応じ、5年後の終戦までには64万5000台近いジープを生産した。「私たちは結末がわからない映画のなかにいるようなものです。ハッピーエンドにするかどうかは私たちしだいです」
米国人は変化が必要で役に立つと納得すれば、すぐに新しい技術を受け入れる。変化の大波が再び起きてもおかしくはない。
(文 クレイグ・ウェルチ、写真 デビッド・グッテンフェルダー、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年4月号の記事を再構成]
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