マーケティング感覚を養って、技術職出身の強みを生かす

日本法人から米本社に転籍したのは99年だ。転籍自体は不可能ではないが、当時、挑戦する人はほとんどいなかった。思い切った決断ができたのは、時代背景も影響しているという。

「まだまだ『女性初』がついて回った時代でした。何となく人生の先が見えてしまうのが嫌でした。失うものがないからこそ、挑戦できたと思います」

年功序列もなく、言葉のハンディキャップもある米国へ。その中で技術者として光っていかなくてはいけないプレッシャーもあった。リスクはあったものの、それよりも、もしかしたらいろんなことに挑戦できるかもしれないという可能性の方に魅力を感じた。挑戦が功を奏し、米国から日本に“逆輸入”される形で日本法人を立て直すなど実績を積むことができた。

振り返ると、理系の道に進むきっかけは小学校時代にあったという。

「4年生のクラス担任の先生が学校で天体観測会を開いてくださって、その時に初めて土星や木星を見て感動しました。星を見るのは好きでしたが、天文学となると数字の海に溺れる感じになってしまう。それで、大学2年で化学を専攻しました」

なぜ化学を選んだかといえば、「透明なものと別の透明なものを混ぜるといきなり白くなったり、赤くなったりする。そういう化学反応はどうして起こるのか、を理解したいと思ったから」だ。

小学生の頃から「自分は理系だ」と思ってきた海老原氏だが、キャリアという点では、理系を理解できるマーケッターとしてやっていくほうがうまくいった。このことから、若い世代にはこんなアドバイスを送る。

文系と理系をはっきり分けてしまうのは、キャリアの選択肢を狭めてしまいかねないとアドバイスする

「本当は、あまり早いうちから文系・理系と分けて考えないほうがいいのかもしれません。マーケティングにも統計分析は必要ですし、苦手だからやらないとなると、一方の可能性をつぶしてしまう。嫌いだからやらない、苦手だから避けるというのは、人生の可能性をすごく狭めてしまう結果になってしまうため、もったいないと思います」

「いい製品・テクノロジーができたと思っても、マーケティング側が理解してくれないジレンマを抱えている技術者は多い」と海老原氏。彼女の場合、そこで腐らずに「ならば自分がマーケティングを理解してやろう」と思い立ち、働きながらビジネススクールに通ったことでキャリアの幅が広がった。文系・理系にこだわらない発想の転換と柔軟性は、その後、経営者として新たなキャリアを切り開いていく原動力になったようだ。

(ライター 曲沼美恵)

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