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ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニーの海老原育子代表取締役プレジデントはもともと化学畑の技術者出身だ

ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニーの海老原育子代表取締役プレジデントはもともと化学畑の技術者出身だ

リーダーにはそれぞれにキャリアの転機があるものだ。技術者出身の女性経営トップである海老原育子ジョンソン・エンド・ジョンソン ビジョンケア カンパニー代表取締役プレジデントの場合は、住友スリーエム(現スリーエムジャパン)時代に経験した、米本社への長期出張だ。技術を理解してもらえないもどかしさから、ビジネススクールに通いMBA(経営学修士)を取得。文系視点を持ったことで飛躍のチャンスをつかんだ。

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全員参加で経営方針や職場環境への不満をぶちまけてもらう暴露大会を主催して、踊り場にあった事業を成長軌道に乗せた海老原氏は、自らのキャリアでも「米国行き」「MBA取得」「転籍」といった思い切った切り替えで、技術職から経営者への転身を果たした。今では外資系企業の経営をリードする立場だが、東京大学大学院の修士課程を修了した後、住友スリーエム(現スリーエムジャパン)に入社した当初は、生粋の研究開発エンジニアだった。

「住友スリーエムに入社しようと思ったのは、いろんな製品を扱っていたからです。『どうしてもこの分野で開発したい』というものがないなら、幅広い製品を扱っている会社に入れば何か見つかるかもしれないと思いました」

作業着姿で接着・はく離実験を繰り返す日々

入社してすぐに担当したのは接着剤の分野だ。企業クライアントから要望された製品を開発する部署だった。

「出社すると、まず作業着に着替えます。ひたすら成分の配合を考え、試験片を作り、くっ付けて、はがす実験を繰り返していました」

製品開発の仕事は「地図を持たずに砂漠を歩いているようなもの」だという。「正解があるかもしれないと思う方向に向かって一歩進むと、自分が選んだ方向とは真逆の方に正解があるかもしれない恐怖感が襲ってきます。その恐怖に打ち克ちながら前進していって、わずかな水脈の可能性を探っていくのに近い感覚です」

製品開発するだけではなく、それが売れてどれくらいのインパクトがあったかまでが評価の対象となった。

「テクノロジー開発であれば、特許を何本出したか。あるいは、特許を基にした製品がどれくらいのインパクトを市場に与えたかが評価の基準になります」

転機が訪れたのは入社して6年目のことだ。96年からの2年間、新しいテクノロジーを開発するため、米国に長期出張した。

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