開発成果を生かしたくて、働きながらMBA取得

米国に出張している間、米ミネソタ大学のビジネススクールにも通った。日中は接着剤の開発をし、夜間はビジネススクールへ。さすがに出張期間中では単位を取りきれず、いったんは休学。99年に米本社に転籍してから再び通い始め、2003年にMBAを取得している。

MBAを取ろうと思ったのは、「開発した製品が思うように世に出ていかないジレンマを感じたから」だ。

「『これはいいテクノロジーができた』と思っても、マーケティング側からことごとく否定される。当時は、『なぜ彼らはこの良さをわかってくれないんだろう?』と思っていました」

マーケティング側が技術を理解してくれないのであれば、技術者である自分がマーケティングを勉強し、彼らの考え方を理解すればいい。そう思い、ビジネススクールに通い始めたという。

米国で体験した、技術者たちのオープンマインドな働き方に刺激を受けたという

スリーエム時代、海老原氏は合計で9つの特許を取っているが、実はマーケティングを勉強し始めてからのほうが特許を多く取っている。

「特許を取るには、新規性と有用性の2つが必要です。技術者としてやってきていますから、テクノロジーでどんなことができるかはおおよそ見当がつきます。それと同時にマーケティング側の視点を持ったことで、市場が何を欲しているのかを理解できるようになりました」

イノベーションというのはひたすら実験室にこもって一人で起こすようなものではないことを学んだのも、出張期間中だ。

「米国のスリーエム本社ではよく、ポスターセッションを開きます。一つのテーマに対して似たようなことをしている開発者たちが集まり、それぞれが自分の取り組みを1枚のポスターにして張り出すと、そこに興味のある人たちが集まって来る。その場で、これってどうなの、ああなのという対話が始まり、一緒に何かやろうよ、という話にもなっていきます」

開発者一人ひとりが専門分野を持ち、抱えている問題について質問すると気軽に答えてくれた。誰に何を聞いたらいいかのアドバイスをもらえることもあった。

「わらしべ長者じゃないですが、そのアドバイスに従って紹介された人を一巡すると、とりあえず試してみようかと思えるようなアイデアが10個くらいは浮かんできます」

いろんな人からアイデアをもらい、それを試し、脈がありそうだったらさらに実験を重ねる。そうやって社内の様々な技術者と交流することにより、自分が担当している事業部以外の技術者とも、多く知り合うことができた。

「日本にいる間は、製品開発って一人でコツコツ孤独にやるものだと思っていました」と海老原氏は言う。

「一人で考えていると、どうしても考え方やアプローチの仕方にクセが出たり、バイアスがかかったりしてしまいます。いろんな人の意見を聞くことでバイアスが取り除かれ、発想が広がっていくのを感じました」

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マーケティング感覚を養って、技術職出身の強みを生かす