EUが「国境炭素税」 排出枠価格の上昇、背景に

地球温暖化を防ぐため、欧州連合(EU)が2019年末に大胆な方針を示しました。50年に温暖化ガスの排出をゼロにするため、排出量の多い輸入品に課税する「国境炭素税」という構想を打ち出したのです。背景や影響を考えてみます。
石油や石炭に課税する炭素税は、欧州や日本など30カ国程度が導入しています。国内の消費が対象で、国をまたぐ税の徴収は例がありません。EUは生産過程で温暖化ガスを多く排出する鉄鋼などの輸入品に対し、21年にも課税するとしています。
炭素税が国内にとどまってきたのは、輸入品への課税が関税に当たるためです。世界貿易機関(WTO)は加盟国の差別的な関税を制限しています。EUはなぜ禁じ手ともいえる対策に踏み切ったのでしょうか。
炭素税に詳しい早稲田大学の有村俊秀教授は「排出枠取引の価格上昇が一因」と話しています。EUは域内の発電所などに温暖化ガスの削減目標を課し、達成できない場合は市場から排出枠を買い取る制度を05年から続けてきました。英シンクタンクのサンドバッグによると、排出枠の価格は20年1月に二酸化炭素(CO2)1トンあたり24ユーロ(約3千円)と2年前の3倍に高騰しています。
航空業界などで気候変動対策を表明する動きが相次ぎ、排出枠への需要が増していることが背景にあります。排出枠の価格上昇は、欧州の産業にとってコスト競争力の低下を意味します。有村氏は「EUは国境炭素税により、厳しい対策を求められている域内企業に配慮したいのではないか」とみています。
炭素税や排出枠取引を導入する動きはセネガルやタイなど新興国にも広がっています。日本も50年までに温暖化ガスを8割削減する目標を掲げており、排出量に価格をつける「カーボンプライシング」は専門家らの間で関心が高まっています。
日本は温暖化ガスを排出するエネルギーに年間約5兆円を課税していますが、7割程度は石油やガソリンが対象です。ガソリンはCO2排出量1トンに対し約2万4千円が課税される一方、石炭は1千円未満にとどまっています。
日本経済研究センターの小林辰男主任研究員は「排出量の多い石炭火力発電への国際的な批判が高まる中、ガソリンだけに高率課税する合理性はなくなっている」と話しています。同センターは炭素税率をCO2排出量1トンに対し一律5千円にそろえれば、石炭の消費減などにより、税収や経済成長を損なうことなく排出量を1割程度削減できるとみています。異常気象がもたらす被害は世界中で目立っており、炭素税をめぐる議論も一層熱を帯びそうです。
有村俊秀・早稲田大学教授「温暖化ガス削減、デジタル化もカギ」
温暖化ガスの削減にとって炭素税はどんな意味を持つでしょうか。早稲田大学の有村俊秀教授に聞きました。
――EUが国境炭素税という大胆な政策を打ち出しました。

「実は国境をまたいで炭素税をとろうという動きは過去にもありました。2000年代初頭に米国が(国際的に温暖化ガス削減を取り決めた)『京都議定書』から離脱したとき、EUが米国に対して課そうとしました。さらに米オバマ政権下でも09年ごろから検討が進み、法案まで提出しましたが、議会を通りませんでした。当時は中国やメキシコなど温暖化対策が遅れている新興国を標的とするものでした。EUの提案も、先進国だけが対策を進めても、新興国で排出量が増えれば意味がないという考え方が背景にあります」
――国境炭素税は今までなぜ導入されてこなかったのですか。
「米国は温暖化対策に懐疑的な意見も強く、オバマ政権の当時も共和党の反対により実現しませんでした。さらに国境炭素税は世界貿易機関(WTO)の取り決めに違反する恐れもあります。課税する相手国の排出量をどうやって測るのかなど、技術的な問題もあると思います」
――それでもEUが提案する理由は。
「排出枠の価格が上昇したことでEU内の企業が苦しくなってきたことが背景にあるでしょう。EUで新しく欧州委員長に就いたフォンデアライエン氏は温暖化対策に熱心ですが、域内の世論を味方につけなければ政策は進められません。さらに自由貿易を推進するはずのWTOの機能が米国などの反発により低下していることで、国境炭素税のように保護主義的な政策を出しやすくなっている面もあるでしょう」
――そもそも温暖化を防止するために意味のある政策なのでしょうか。
「温暖化対策は一国だけでやっても意味がありません。炭素に価格をつける『カーボンプライシング』は効率よく温暖化ガスの排出を減らすことができますが、理想は世界で共通の炭素価格を設けることです。国境炭素税も理想に向けた第一歩とはいえるでしょう」
――日本は炭素税でどんな立場をとるべきでしょう。
「例えば石炭火力発電は安価ですが、温暖化ガスを多く排出するという負の側面を持っています。炭素税を課すことで価格を上げれば、消費量を減らし、排出量の少ないエネルギーに移行することが可能になります。今も日本は地球温暖化対策税という名目で炭素税を課していますが、税率が低く十分な効果が期待できません。欧州などでは炭素税を上げる一方で法人税や所得税、社会保障負担を減らす取り組みが進んでいます。温暖化対策と経済活性化という『二重の配当』を得られる政策として注目を集めています」
――日本でも導入できますか。
「炭素税を上げても所得税や法人税を下げれば、経済成長を実現しながら温暖化ガスを減らすことは可能と見ています。炭素税は鉄鋼などエネルギーをたくさん使う産業にはマイナスですが、サービス業などは影響が比較的軽度で済みます。炭素税を導入できるかどうかは、その国の産業がサービス化やデジタル化をどれだけ実現できているかにもかかっていると思います」
(高橋元気)
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