2月1日に生徒を登校させた。2月13日に午前中4時間、座学だけの授業を再開し、その年度は3月末まで授業を行った。2月1日に実施する予定だった中学入試を3月1日に変更する旨を、全受験生に連絡しなければならなかった。願書の締め切りは1月17日だった。

2月10日、卒業式。普段は体育館で行うが、このときは視聴覚室でこぢんまりと行われた。この年の東大合格者数は95人。例年と遜色のない結果だった。避難所で受験勉強をしていた生徒もいたはずである。

最後の避難者が学校を出たのは7月19日のことである。遺体の安置所として使用された体育館やグラウンドでは、僧籍をもつ教員が犠牲者を悼む慰霊の儀式を行った。5月の文化祭は予定通り行われた。避難者もいっしょに、灘そして地域の再生・復興をアピールする展示が目立った。

未曽有の事態でこそ「精力善用」「自他共栄」

「あれ以来、学校として、災害に対する感受性が高まりました。東日本大震災のときには多くの教員や生徒がボランティアに行きました。福祉委員会という生徒組織もできて、募金活動を行いました。そして、地域の方々との絆ができたことは、災い転じて福となすです。登下校中の生徒はいろいろなご迷惑をおかけしますし、それまでは地域の方々からどちらかといえば疎まれていたところがあったんです」(和田さん)

中1の1学期の道徳の時間は、学校の生い立ち、創立者の人生、地域環境などについて、和田さん自らが新入生に語りかける。そのなかで、震災体験についても多くの時間を割く。

学力的には似通った生徒たちが集まる。おおむね恵まれた家庭環境に育っている生徒が多く、社会的な意味では多様性に欠ける。どこの進学校にもいえることではあるが。「でも、一人一人を見れば、個性はものすごく尖(とが)っていて多様です。うちの生徒たちの感受性は非常に高い」と和田さん。

「いま、この時間に大地震が起きたら、どうする?」。和田さんは生徒たちに問いかける。いまの生徒たちは震災当時には生まれてもいなかった。でも、灘で経験した当時のありのままの事実を伝えるだけでも、生徒たちの胸に響くものがあるようだと和田さんは言う。

振り返ってみれば、震災後の地域支援は、校是である「精力善用」「自他共栄」の実践だった。

灘出身で前東大総長の濱田純一氏はかつて学生に「よりグローバルに、よりタフに」と呼びかけた。「グローバルとは、単に海外という意味ではないはずです。未曽有の災害にせよ、時代の急激な変化にせよ、想定外の事態に際してもおじけづくことなく、精力善用・自他共栄の精神で対処できるひとを育てることが私たちの使命だろうと思います」(和田さん)

(上)「数学五輪」の常連、灘の数研 先生もかなわない才能
(中)灘の畳が映す「柔道の父」の教え グローバル人材育む

灘中学校・高等学校(神戸市)
 創立は1927年。日本酒の「菊正宗」で知られる「嘉納家」と「白鶴」で知られるもうひとつの「嘉納家」、「櫻正宗」で知られる「山邑家」の3つの酒蔵が資金を出してつくられた。建学の指揮を執ったのは大河ドラマ「いだてん」にも登場する嘉納治五郎。1学年は約220人。2019年東大合格者数は73人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(2015~19年)平均は177人で全国3位。卒業生には、ノーベル化学賞の野依良治氏や神奈川県知事の黒岩祐治氏、阪急阪神ホールディングス会長の角和夫氏などがいる。

新・男子校という選択 (日経プレミア)

著者 : おおたとしまさ
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 935円 (税込み)

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