女性写真家の台頭 ナショジオに見る100年の軌跡

日経ナショナル ジオグラフィック社

ペルーのクスコを見下ろすインカの砦サクサイワマンに座る現地の人(PHOTOGRAPH BY HARRIET CHALMERS ADAMS, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

ハリエット・チャルマーズ・アダムズは、1907年から1935年の間に21本の記事を書き、写真を寄稿した。第1次世界大戦を取材した初の数少ない女性記者のひとりであり、冒険家でもあった。1937年にこの世を去るまでに、コロンブスの旅路をたどり、馬でハイチを横断し、ニューヨーク・タイムズ紙によると「白人女性がそれまで足を踏み入れたことのない20カ所のフロンティアへ到達し、アラスカから南米最南端のフエゴ諸島まで、すべての言語のインディアン部族をまわった」という。

1953年、ナショジオは初の女性専属写真家を採用する。彼女の名はキャスリーン・リーヴィス。メルビル・グロブナーの義理の妹でもあった。ナショジオ初の女性写真編集者のひとりで、リーヴィスと働いた経験のあるメアリー・スミスは、「メルビルは賢い女性のことをちっとも恐れていませんでした。あの世代の男性にしては、女性に対する偏見がまったくない人でした」と話す。

アフガニスタン、カブールの結婚式。花嫁衣裳の緑は、イスラム教の伝統では繁栄と天国の象徴だ(PHOTOGRAPH BY LYNSEY ADDARIO, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

ときには、性の違いが仕事に影響することがある。女性だからドアが開かれた、という場面もある。女性として3人目の専属写真家に採用されたジョディ・コッブによるサウジ女性(1987年10月)と日本の芸者(1995年10月)の写真は、男性には決して撮影できなかった。また、ステファニー・シンクレアによる2011年の児童婚や、リンジー・アダリオによる2019年1月の「出産で命を落とす現実」もやはり、女性ならではの写真である。

夫を亡くした女性たちがインド、ブリンダーバンのゴピナ寺院でホーリー祭を祝う。ホーリー祭はかつて、彼女たちのような女性には不適切であると考えられていた(PHOTOGRAPH BY AMY TOENSING, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

ナショジオは、より多くの女性の生き様や声に光を当て、対話のきっかけを作るため、様々な国や文化の女性に協力を求めている。本誌2019年11月号の記事「女性たちが作る新生ルワンダ」では、アフリカ女性の問題に焦点を当てるナイジェリア人写真家のヤガジー・エメジを、「インド 安全に暮らす権利」では、インド人写真家のソーミャ・カンデルワルを起用した。

ハーブ風呂に浸かって、隔離期間の終わりを祝う母親と乳児。ラテンアメリカの伝統的な習慣で、新しい母親は産後およそ40日の隔離期間を、家族の世話を受けて過ごす(PHOTOGRAPH BY KARLA GACHET, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

最後に、これはある写真編集者が抱いた印象だが、女性は被写体との関係や一緒に過ごした経験を語るのが好きなようだという。ステレオタイプに聞こえるのを承知であえて言うなら、その言葉には真実が含まれている。

「腕を広げて、写真を撮った人たちすべてをかき抱きたい思いに駆られることがあります。そして、集めた野の花やベリーをスカートに包んでどこへでも持って行くみたいに、私の心でその人たちをすくい上げたい」。

エルサレムにある岩のドームで朝の祈りをささげるムスリム女性(PHOTOGRAPH BY ANNIE GRIFFITHS, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

2018年8月の記事「新しい顔で取り戻す人生」(日本語版11月号)でピュリツァー賞候補になった写真家のマギー・スティーバーは言う。「この人たちは、私の家族と一緒です。シャッターボタンひとつでときは止まり、いつまでも解かれることのない絆が生まれるのです」

米クラーク・アトランタ大学のミスコンテスト。出場者たちが輪になって祈る(PHOTOGRAPH BY NINA ROBINSON, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

次ページでも、ナショジオに寄稿する女性写真家たちの写真を紹介していく。明治期の日本を活写したシドモアや、世界各地の人々の姿、さらには厳しい極地での写真まで堪能いただきたい。

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