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タピオカに長い歴史あり ブーム3度目「今年の一皿」

2019年の「今年の一皿」に選ばれたタピオカ(写真提供:ぐるなび総研)

ところで、タピオカは大きなブームになるずっと昔から、食べた人を魅了してきたという。「今年の一皿」の発表会ではトークセッションが行われ、食文化や伝統産業に詳しいフリーライターで、同志社女子大学非常勤講師の長友麻希子さんが興味深いタピオカの歴史について披露してくれた。長友さんは今から約20年前、米国の台湾系のカフェでタピオカミルクティーを初めて飲み、特有の食感に驚いたのがきっかけとなって、武庫川女子大学大学院在学中に「日本におけるタピオカ」という論文を発表している。

論文によると、タピオカが日本に初めて紹介されたのは明治期で、「タピオカプディング」「スープの浮き実」「とろみづけの原料」などの西洋料理の食材という位置づけだった。

明治36年(1903年)に10万部の大ベストセラーとなった「食道楽」という小説にはタピオカに関する記述が出てくるという。作者の村井弦斎(げんさい)は当時の人気作家で、この小説は恋愛話にからめて和洋中の世界の食材を紹介するという構成だった。

「食道楽」ではタピオカについて以下のように記されている。

「印度(インド)の穀物でタピオカもセーゴも似たものです。一時間ばかり水に漬けておいて鍋へ牛乳を沸(わ)かしてタピオカを入れて塩と砂糖で味をつけて三十分間ばかり煮ると葛(くず)のお粥(かゆ)のようなものが出来ます。あるいは先にお砂糖を入れずに出来てからそれへ砂糖とクリームをかけて食べても結構です」

このように朝食用のおかゆとして利用する調理法を説明し、ほかの場面ではこのおかゆを病人の養生のための食事として薦めている。

「シェリー酒香るコンソメスープとロワイヤル タピオカを添えて」(写真提供:ぐるなび総研)

時代が進み、昭和初期には婦人雑誌にタピオカを使ったメニューが紹介されるようになり、病人食としてタピオカプディングを推奨する記事も出て、タピオカは徐々に日本でも知られるようになった。しかし、当時、一般の家庭でタピオカを手に入れるのは難しかったと思われるので、庶民の食卓には上らない食べ物であっただろう。

ところが、第2次世界大戦で東南アジアへの日本軍の進軍が始まると、今度はタピオカは戦地での重要な食物資源として着目され、インドネシアやラバウルなどの激戦地でキャッサバを栽培して食べられた記録が残っているという。

タピオカは日本で西洋のおしゃれな食材やデザート、病人向けの食事として紹介された後、激戦地で兵隊たちの空腹を満たす食料となった歴史を知って、何度もブームが生まれただけのことはあるタピオカの奥深さを感じた。

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