スプーンすしつまみに日本酒飲み放題 外国人客も常連
世界で急増!日本酒LOVE(16)

スプーンにシャリ、その上にサーモンやイクラなどの複数のすしネタや薬味を盛る。美しいスプーンすしで話題なのが、東京・八丁堀の「HAMAMORI」(はまもり)だ。一風変わったスプーンサイズの創作すしをつまみに、日本酒を飲み放題で楽しめる居酒屋だ。
午後4時30分からディナー営業し、日本酒約100種類をメインに、焼酎30種、ウイスキー10種などが飲み放題。1人30分1000円(価格は税抜き、以後同じ)でサッと飲んでいく客もいれば、120分(2500円)でたっぷり堪能していく酒好きな常連客も。客のほとんどがリピーターで、中には在日外国人の常連客もいる。客の2割を外国人客が占める。
「ディズニーランド観光や銀座で買い物のために、八丁堀かいわいのホテルに宿泊している外国人のお客様が多く、駅からも近いのでふらりと立ち寄られます」とオーナーの浜盛富隆さん。ドイツやフランスなど欧州各国と、アジア各国からの客が特に多いという。
浜盛さん自身、米国で働いていたこともあるので、英語で接客ができる。他に日本語学校に通う米国人スタッフや、ベトナム人の女性スタッフも勤務する。外国人スタッフが増えたら、外国人客も増えたのだという。

日本人客の平均単価は約3500円だが、外国人客は約5000円と高め。日本酒だけでなく、スプーンすしなど料理も多く注文するからだ。スプーンすしは22種類あり、見た目のかわいらしさだけでなく、しょうゆを付けない独自の味わいも好評の理由だ。
例えば「カンパチ+穴子」(500円)はしょうゆ・オイスターソース・ゴマ油に海老ミソを加えた特製のクラシックソースをかけて提供。そのままスプーンごと一口で食べたり、箸で少しずつつまんだりして酒と味わう。しょうゆ代わりになるオリジナルソースが8種類あり、それぞれのすしネタに合わせてベストなソースをかけて提供しているのだ。
特に外国人に人気なのは、オリジナル(バナナやマンゴーを使ったフルーツ風味のピリ辛味)、スパイシーマヨネーズ、わさびマヨネーズ、ゆずポン酢のソースなど。「日本酒とスプーンすしだけを注文されるベジタリアンのお客様もいらっしゃいますが、しょうゆを付ける普通のすしとは違い、色々な味わいが楽しめるから全然飽きない、と喜ばれます」と浜盛さん。
他にイカの塩辛のような定番のおつまみ、サラダ、煮物などはもちろん、ハワイ料理として知られるポキやタコライス、「牛サーロインステーキ」(1500円)などもラインアップ。飲み放題以外のボトルワインもあり、高級ワインとして知られる「オーパス・ワン」(5万2000円)まで用意している。

なぜ、スプーンすしと日本酒の組み合わせなのか。「叔父がロサンゼルスでスプーンすしの店を経営しており、大ヒットしていたのがきっかけです」と浜盛さん。父の実家の10人兄弟全員が飲食店を経営しているという。
「いつか俺も自分の店を出したい」と、浜盛さんは20代の頃、沖縄料理店や居酒屋などを掛け持ちしながら、貪欲に飲食店のノウハウを吸収した。その時トータル500種類ほどの日本酒に出合い、きき酒師として店で活躍していた。
「将来、自分の強みである日本酒を生かした店で独立したいが、普通の日本酒バーだとコンセプトが弱い。何か良いアイデアはないものか」と5年前に叔父の経営する米国ロサンゼルスの店で働きながら模索することにした。
叔父の店の名前も同じ「HAMAMORI」だったが、高級レストランでショッピングモールの中でロブスターやステーキ、天ぷらなどを提供していた。浜盛さんが普段出合わないような高級食材なども多く扱えた。
当時、店でヒットしていたメニューの一つがインパクトのあるスプーンすしだった。店では日本酒は5種類で、熱かんでの提供が多かった。あくまでもメインはワインやビールで、すしとワインの組み合わせだと、魚卵のすしなど、取り合わせが難しいものも出てきてしまう。だが、普通のしょうゆでなく、様々な調味料や素材で仕上げたオリジナルソースをかけることで、ワインとのマリアージュが楽しめるように工夫していたのだ。

現在、八丁堀の店でも提供している「トロ×ウニ」(800円)はシャリの上にトロ、ウニを順番にのせ、さらにキャビアをのせ、トリュフソースをかけたぜいたくな味わい。単品のウニすしだと合わせにくいワインもあったり、外国人が苦手だったりするが、さまざまな素材を使ったソースをかけることで魚卵の臭みが消え、うま味や風味を強めることで、外国人客にも食べやすい味になっている。
彼はスプーンすしの可能性を米国で知り、今度は日本で日本酒と一緒にその魅力を広めることにしたのだ。「一流のすし職人には勝てませんから、アイデアで勝負です」と浜盛さん。

ワインに比べ、日本酒は比較的どのすしにも合わせやすいが、「外国人客にも絶対においしいと言ってもらえる酒」には共通していることがあると浜盛さんは指摘する。あくまでも個人の好みではあるものの、「外国人客に特にお勧めなのはしっかりした味、うまみが強いもの、微発泡など何か刺激のあるもの」(浜盛さん)だという。
例えば「醸し人九平次」(萬乗醸造・愛知県)、「作」(清水清三郎商店・三重県)、「七田」(天山酒造・佐賀県)などだ。また日本酒に興味のある外国人客はワインやウイスキーにも興味があることが多い。このため、店の飲み放題にウイスキーや焼酎、ワイン(赤・白)も加えているという。幅広い価格帯のボトルワインやリキュールもそろえて、外国人客のニーズに対応しているのだ。
「どのお酒がおすすめなの?」と外国人客はよく聞いてくる。100種類もあるからよほどの通でない限り、1種を選べないのだ。また、ボトルラベルの漢字が読めない外国人客が多く、イメージできずに選びにくいという。
「そういう時は甘口系や辛口系など、特徴的なもの3種をセレクトして、まず60ミリリットルのミニグラスで少しずつテイスティングしてもらいます」と浜盛さん。反応を見て、今度はその一番好きな酒と似た味わいの酒をいくつかお勧めしているのだ。

同店の酒の冷蔵庫には「Blue area」や「Yellow area」と書いてある。これは日本各地をエリアで色分けし、各産地の酒を同じ棚に並べているのだ。例えば北海道の酒なら一番上の棚の「Blue area」へ、その下の「Yellow area」には東北6県の酒を並べるといった具合だ。これは日本人客にも好評で、自分の出身地や気になるエリアの酒を探しやすくなり、飲み比べに楽しさが生まれる。
さらに味わいも、「しっかり系・スッキリ系・甘口系・辛口系」と分散させながら品ぞろえすることで客を飽きさせない。店内には、おかんセットも置いてあり、セルフで熱かんにできる。ワイングラスもあれば、おちょこもあるので、好みに応じて楽しみ方は自由自在だ。
「最近、特に東北地方の蔵のラベルが、ワインボトルのようにオシャレなデザインに変わってきています」(浜盛さん)という。外国人向けにラベルを英字にしたり、フルーティーで軽やかなワイン風の味わいに変えたり。「多くの蔵元が海外を意識するようになってきたのをすごく感じます。うちでも外国人の方にもっと酒の魅力を伝えていかなければ」と、使命感につながっているようだ。
「ワインは色々な国で作られています。でも日本酒はまだ圧倒的に日本で作られている。日本でしか味わえないプレミアム感がある」(浜盛さん)。日本の伝統的文化を代表する日本酒を国内外の多くの人々に伝えていきたいと浜盛さんは意気込む。店はオープンしてまだ1年ほどだが、将来を見据え、すし職人がいなくても多店舗展開できる業態に練り上げている最中だ。すしが握れないスタッフでも作れるのが、スプーンすしのメリット。今後はさらに店舗を増やし、スプーンすしをつまみに、国内外の人々に日本酒の魅力をさらに伝えていく考えだ。
(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)
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